大腿神経麻痺のリハビリ生活日記

2017年3月8日、人工股関節の手術で、大腿神経麻痺となりました。日々強くなる痛みと痺れ、24時間片足を電気風呂にいれているような地獄の苦しみと、沸き起こるような中心部からのしびれで夜中に何度も目が覚める日々に耐えながらも、リハビリしています。看護師の私がなぜ?自分の勤めている病院でどうしてこんなことに?なぜ私なの?時にくじけそうになりつつも、周りの人たちに助けられながら生活を送っています。術中の過誤による大腿神経麻痺は大変珍しく、ブログがほとんどありません。是非「コメント」をお聞かせください。お返事いた

昔の出来事④「隣人」

f:id:rehabilis0416:20170921141830j:plain

↑まだ手術をしていない頃の保育園でのスナップ。体に傷のない貴重な写真です。右胸の窪みもわかります。

 

 息子は、同じマンションに住んでいる医師から紹介してもらった病院に、ようやく入院することができました。わたしは長期のお休みをもらうことができました。

 

大きな有名な病院です。

小児外科は旧病棟の古い建物でした、今でこそ超高層ビルが立て替えられていますが、その頃は、4畳半分くらいの部屋に2名。差額ベッド代もありました。すべてが古くぼろくていかにもお化けが出そうな病棟です。

 

隣人は14才の中学生。

重度の小児麻痺です。言葉も「うー」としゃべるくらいです。

 

初対面のお母さんはとてもきさくで雰囲気のとてもいい人でした、

 

「ごめんなさいねーほんとうるさくて、小さいこがきてもわからいからゆるしてね」と。

 

その病院は常時付き添いの家族が必要なためいっときも離れられません。

わたしも覚悟はして休みをとったつもりでしたが、いっときも離れられません。

お風呂のときだけは一緒に病室を離れ、親子ふたりの時間が過ごせました。

 

隣のお母様と4畳半の病室で日々一緒に寝て過ごすなかで大変な環境を一緒に見てきました。

 

14才と1才。

 

年齢の違いもあるのですが体の小さなわたしの子どもは少しずつ成長しました。ある日、ペットボトルの蓋を開けたのです。

 

「あー開けられたねぇ」と声をかけると。

 

それをみて隣のお母さんは「1才で蓋を開けられるのに、うちのこは蓋も開けられないの何もできないのよ14才なのに」と。

 「だけどね、この子は私だから生まれてこれたのよ。私なら育てられるんだって授けられたの。実際、苦にならないもの、毎日たのしいしね、こうやってかわいい赤ちゃんと一緒にすごせるのもこの子はとても喜んでるのよ」

その言葉が忘れられません。

 何日かを同じ環境のなか過ごしましたが、

私たちはいよいよ手術です。

いろいろな検査をしましたが、わたし一人でくたくたでした。

先生に任せる他はないと思い承諾書にも簡単にサインをしました。

 

右肺を失い必死で片肺を保ちながら、息の荒い呼吸を毎日している姿をみて。とにかくこの状態をどなんとか助けてほしいとおもいました。

 

しかしそれが思わぬ方向に行くとは考えもせずに。