大腿神経麻痺のリハビリ生活日記

2017年3月8日、人工股関節の手術で、大腿神経麻痺となりました。毎日、右足の痛みと痺れと膝折れに苦しみながらも、リハビリに取り組んでいます。なぜ?こんなことに?どうして?私なの?時にくじけそうになりつつも、周りの人たちに助けられながら入院生活を送っています。術中の過誤による大腿神経麻痺は大変珍しく、ブログが少な過ぎるため意を決して始めました。是非「コメント」をお聞かせください。お返事いたします。☆マークを押していただければその方のブログ内にコメントできます。

⑤4月11日~4月20日(ブログ開始するまで)

 術後5週~6週ころの日記

 

4月11日

今日は朝から立っただけで足が痙攣を起こしてしまった 。リドカインの点滴をしながら、FNBを挿入してもらった。助かった。ほんと さっきまで 立った刺激だけで キーンと痙攣したのに、点滴して、ようやく立ってトイレできた。少し漏れたけど。

風呂には 直角に腰を曲げたまま、おばあちゃんのようなカッコで看護師さんに全部やってもらってようやく入浴した。

FNBを入れてもらって、コンビニに行けた。トイレ行ける。よかった。昨日、あまりの痛さで主人に愚痴を言い過ぎて口喧嘩となった。痛くて痛くてどうしようもなく、当たってしまった。毎日来てくれていたのに本気で起こらせてしまって、もう来るもんか馬鹿野郎と帰ってしまった。いまメールで痛みが落ち着いたと報告したら来てくれるって、よかった。あの人がいないと何もできない私に気がついてしまった。

リドカインの点滴は負担が多すぎるので、やめて内服薬のメキシレチンに変わった。

今夜は眠剤飲んでみたけど眠れない。毎日2錠もデパス飲んでるのに、なんでこんなことになったのか、考えるととてもじゃないけど辛く眠ることなどできない。手術後、何度死んだほうが楽かもしれないと思ったか、一番辛いのは一番辛いひとが誰なのかということを忘れているひとがいたり、私のせいで辛くなった人が増えてしまったり、医師はわたしに 麻痺という 歩けないという 過ちをおかしたのに謝罪もない、悪いことをしていないわたしにどうして謝らないのかがわからない。痛みがなく歩いてどんどん仕事ができるようにと 受けた手術なのに、いまは 気の遠くなるような痛みに24時間、毎日耐えている。もう34日間も。先日は若い理学療法士に「なんで麻痺してるんですか、何で痛いんですか」と聞かれた。とてもひどい質問で涙が出そうになるのをこらえ「あなたはもう少し勉強が必要だ」と答えるのが精一杯でした。そのひとは前日当日の情報はとらずカンファレンスにも出ていないとのこと。ある薬剤師は「この薬はがんの痛みだけに使うものです、ほんとうは 使えない薬剤ですそんなに痛いのですか」と聞いてきた。私は「いまここから飛び降りてもいいくらいの痛みです」と答えるとプイッと背を向けて病室から出ていった。医師はいろいろな痛み止を処方してくれたり、処置を施ししてくれ、わたしの痛みと向き合ってくれていて感謝しています。 でも、こんな状態になるのであればこの手術はしていない、手術前の説明では、切る場所が神経を損傷する可能性はあるとだけ言われただけです。歩けなくなる、痛みがひどく24時間苦しみ、たくさんの痛み止めを飲むようになるとか、死にたい、生きていけないなどと感じるようになったり、不安になり眠れなくなるなどの説明はなかった。患者となってはじめて感じた。医療者はもっと、辛いのはだれかを考えるべきだとおもう。毎晩こんなことを考えながら眠れない日々でも、わたしの回りにはまだまだ頑張っているひとがいて、朝になると元気な声をかけて励ましてくれる人もいる。働くって素晴らしいことだなと思う。人を元気な気持ちにさせるって良いことだな。元気な声を聞くために今夜はもう目を閉じようかな。

メキシレチンは神経には効果あるように感じるけど 鼠径部には効果なし やっぱり トラムセットが効くと思う、いたくない。先生が「やっぱりかたい 癒着してるな」と昨日 FNBいれてる途中で呟いた。 さすがにあれだけの時間7時間以上も手術で押さえられた鼠径や靭帯だから癒着しない方がおかしいだろう。FNBのあとはいたみは軽減してトイレにいけるようになったしベット上にいる限りではいたみは感じない。動けばすごいいたくなる。 これに耐えて こそ リハビリなんだろうな。 午後から主任が ベット上にCPMをもってきてやってくれるそう。先生の案らしい。 左足が退化しないように今日からきたえよう。

 

4月12日 

今日はいろいろありすぎて何から日記にしようか、時系列で朝起きてFNBの効果に驚かされた普通に起きてトイレに行けるなんて。でも鼠径部のいたみは変わらずトラムセットで十分効果あり。もうこうなると 効果ある薬の探り合いみたいな感じになってきた、昼に息子が来てパンたべてそれから普通に車イスに座っていられた。2時半から病棟の先生と家族の病状説明。さすが先生よくわかるように説明してくれた。先生が「なにか言いたいことがあれば」といったので、じぶんの思いの丈を言った。昨日の夜中にかいた日記のことの半分くらい話せた、昨日日記かいていて練習しておいてよかった。そのあとリハビリは2階で、1時間も、結局は痛みが脳を支配してるなら脳を騙していこうと言うことになって、地道に動かせる範囲を広げていくことになった。痛みのメカニズムの勉強もついでにやろうと本が届いたので今日から読みふけるとしようかなあ。

整形外科医は「足持ち3年鈎持ち8年」なんだそう。誰だろう私の足の鈎もちしたのは?

 

4月13日

今日は朝から忙しかった。トイレと身体を拭いて着替える、おそらく普通なら5分くらいの出来事が10倍の50分ほどかかった。しかも必死に足の痛みをこらえて。とにかく痛い、毎日何気なくしていることがこんなに大変になるなんて思ってもみなかった。でも何時も思うのは、こんな体験をする人なんてそうそういないからむしろ、珍しいので、記録に残そうと思って毎日、日記をかいている。それも無料のソフトで。これバグったら泣いちゃうな、かなり愚痴ったり泣きまくって、いろいろ書いているからあとから読み返したい。

今日は感謝の日だな。昨日からなんだか鼠径部がひどくいたくなってきて、原因がわかった。ST主任さんにマッサージをしてもらい痛みがとれた。全くぜんぜん動かさないから痛みが出たと思われる。リハから戻ったらこんどは看護師さんが足浴をしてくれた。垢がすごかった。スタッフに本当に感謝だな。

 

4月14日

朝はいたくて起きてしまう。何がいたいかわからないくらいどこなのかも、とにかくいたい、足のつけね?鼠径部?太もものケイレン?もう何がなんだかわからないくらい。一番辛いのは、朝から痛いこと。そしてこの痛みが誰の仕業なのかとかも考えてしまう、もし、神様なのだとしたらわたしに何をメッセージとしているのか、悪魔の仕業ならわたしが何をしたからなのか?そう考えると答えが探せない。何かの罰?試練?この痛みは何を意味しているの?はてなが一杯になる。今日の夢は電車で遠回りをする夢。すごく遠くて焦って近道のルートを探して電車に飛び乗るの。うまく言ったけれどそれがなぜか高校生の時にのってた電車。うーん、日記をつけていたら少し訳のわからない痛みが楽になってきた。脳が痛みの閾値を上げてきたからかな?今日はどんな一日になることやら。回り道してもしっかりまえをみてあるきなさいと言うことかな夢の意味って。

 インターネットで

電車の夢は 基本的には、あなたが目標に向かって順調に進むことを暗示しています とのこと。発車間際の電車になんとか乗り込む夢は、
あなたが新しい成功への機会を手にすることを暗示する吉夢です。特急電車など、
普通よりも早く目的地に到達できる電車に乗る夢は、
前進するエネルギーの高まりをあらわします。
うーん これって、どうとらえればいいのだろう

 朝起きてから今まで痛くて、死にたくてどうしようもなかったのに今は全くいたくない、どこもいたくない。痛みは人間の防御反応だそうです。わたしのからだのどこに警告を出しているのでしょうかね、確かに今日は股関節の痛みは動かしていないせいだとわかったし、今日からリハさんに股関節を動かしてもらえるようにした。いつものFNBは防御反応を無視しているのかもしれない。

 

4月15日

昨日のあさより痛みが少ない、痛いのは足のつけねと鼠径部、あと太もも全体。今日珍しく寝坊して朝御飯ギリギリに起きた 二度寝したんだけど、寝るっていいね。久しぶりに元気なあさを迎えた気がする。今日はお父さんの通院日、わたしがこんなんだからお母さんには 迷惑かけて、退院したらおかあさんに親孝行しないと。

 やっぱり鼠径部通は変わらない。ずっと仰向けに寝てるからかも。足をできるかぎりガニ股にしてみたらちょっと楽になったんだけどまたすぐじーんじーんって何とも言えない激痛じゃないけど筋肉が腐っていくような痛みっていうのかな、低温で茹でられて言うっていうのかな、ねじられてるような痛みかな。いまはその痛みがつらい、あとはなんともない。リハビリ疲れたんだろうな。

 

4月16日

今日はじめてのつぶやき。ずっと悩まされていた あの 鼠径部痛の原因がわかってきた確実じゃないけれど、リハビリ中にわかった。足を曲げていると痛いことがわかった。要するに ST主任さんが 腸腰筋かもしれないと言ったところで、あっそうだとおもった。新しくいれた人工骨カバーの上に腸腰筋が今のっかって まだなれていないからだとおもう
そこで ここに三日 歩行訓練やら脚まげやらをやったもんだから、痛みが出たんでしょう。1つ問題解決、今はまっすぐにしているけれど、ずっとこのままじゃだめ、ならしていかないと。筋肉も相当落ちた。今日ふくらはぎの頸骨、ひ骨が目立ってきた。

 

4月17日

もういや、股関節の痛みが今はマックス。久しぶりにボルタレンを挿入した。10時からリハビリだし。でもリハさんはいたいからあまり無理はしないとおもうけど。なんで痛いんだろう。どうしよう、個のまま一生この痛みが続いたら、死ぬ他ないな。あと 腰から持続の一生つける痛み止なんて絶対嫌だ!ペースメーカーみたいに植え込むなんてお断り。絶対に許さない、実験台にしないでよ。ふざけるな、とにかくこの痛みをどうにかしてほしい。股関節がいたいの、ふとももじゃなく、関節がいたい。はきけがする。いたいいたい、痛いんだってば。ボルタレン効かない。あさ排便もあったし痛みはそれだけでも違うのに便しても痛みがある。死んだら負けだよなやっぱり、戦うぞこの痛みと。トラムセット2錠のんでもだめ。座薬もまだ効かない。どうすれば。やっぱり まっすぐに寝てるしかないのかな。

脊髄刺激療法なんて絶対に無理。だって痛み半減くらいで歩けるようになるかっての。希望は 1痛みをなくす 2麻痺を直す 3歩きたい 4仕事復帰 それだけなんだから。なんでこんなめに。おかしいでしょ。手術しないで、腸腰筋の腱をぶったぎればよかったの?それもおかしいでしょう?

 痛みと戦いながら、一体なにをしていればいいのかわからないから日記などをつけているんだよね、やっぱりブログをやろうと思った。とりあえず アメーバじゃなく FC2 というほうが見映えもいいらしいと。やるかなあ。

 

4月18日

今日は股関節がいたい上に腰までその痛みが響いている。いま先生が来た。昔はこのFNBを1ヶ月くらいいれていたこともあった。と呟いて帰った。(どういう意味?)

 

4月19日(ペインコントロール介入日)

リハビリ終わった。最近ずっと股関節がいたくて今日、先生が麻酔科の偉い先生をつれてきてみてもらった。しかもリハ室で。背中からブロック注射を試みたいということになったんだけれど(ヤル気満々ですでに片手に同意書持参していた)うつ伏せになれないことが判明し、しばらく飲み薬を(リボトリールという抗てんかん薬)追加して様子を見たほうがいいと医師が医師にアドバイスしている。
FNBを一旦今日は抜いた。今後もFNBは継続。1週間後ごとに風呂にはいりつつ交換だそう。しかし、一体クスリを何錠飲めばいいのか聞いたら、若いから大丈夫よなんて平然と先生、言うけどあんたよりあたしは年寄りなんだから、それより麻酔科の偉い先生のほうが若い気がしたけど敬語使ってたから、あの偉い先生何歳なんだろう。

 

4月20日

昨日いってたリボトリールを始める気配はない。あさから痛みで目が覚めるなんて、憂鬱でしかたがない。昨日、FNBを抜いたのもあるからしょうがないけど、しびれも強いし、なんといっても股関節がいたい。昨日の有名な先生が言ってたけど、股関節手術しすぎてるし、傷も多いからいろんな痛みが出てきてるって。でもそこを何とかするのがペイン医師の役目だし、病院の義務です。好きでこうなったわけじゃなくて、手術中に神経をいじりすぎたという、はっきりとしたミスなのだからしっかり責任をとらないと訴えるからね。なーんて心のなかでさけびつつ今日は朝から気分が悪い。でも1週間ぶりのシャワー浴ですっきりした。ベットに座れるようにもなったし、なんでこんなめにと毎朝おもうのは自分もつらいからやめておこう。なにかつぎの目標。例えばこんな目にあったのならこの私がきることを探してみよう。

明日からブログ開始するか。

とりあえずリボトリールってなんだ?

抗けいれん剤

主な疼痛改善の作用機序として、 神経細胞膜のNa+チャネルに作用し、Na+チャネルを阻害することにより、神経の興奮を抑制する。またGABA受容体にも作用し、過剰な神経興奮を抑制する。ベンゾジアピン系で抗けいれん薬としても使用されるリボトリール (クロナゼパム)は、GABAニューロンの作用を特異的に増強する。ガバベン (ガバペンチン)は保険適用されないが肝臓での代謝をほとんど受けないため、薬物相互作用の影響を受けにくいという利点がある。

 

リボトリール (クロナゼパム、ランドセン)

難治性疼痛のコントロールリボトリール0.5~1mgがしばしば使われる。数日後に蓄積性の眠気を生じることがあるが、大きな副作用はなく、不眠がある場合には使用しやすい治療薬である。

クロナゼパムはベンゾジアゼピン系薬と呼ばれる種類の薬で、「脳の神経興奮を鎮める物質」の働きを強めることによって、異常な興奮を抑える作用がある。つまりベンゾジアゼピン受容体を刺激することで、神経細胞の異常な興奮を抑える作用を持つ。

神経の興奮にはNa+、Ca2+、Cl-などのイオンの動きが関わっている。Na+、Ca2+は興奮性のシグナルで、Cl-は抑制性のシグナルである。元々細胞内はマイナスの電荷を帯びており、ここにプラスの電荷をもつNa+が細胞内へ流入すると、細胞内の電荷がプラスへ転換される。この現象を脱分極と呼ぶ。脱分極が起こることで、神経の興奮が伝わってゆく。一方、マイナスの電荷をもつCl-が細胞内へ流入すると、先ほどとは逆に、細胞内がマイナスへ傾き過ぎてしまうため、なかなか脱分極が起らなくなる。つまり、神経興奮が抑えられてしまうことになる。体には「Cl-」の流入に関わる受容体」が存在しており、これをベンゾジアゼピン受容体と呼ぶ。ベンゾジアゼピン受容体の刺激作用が刺激されれば、Cl-が細胞内へたくさん入ってくるようになり、異常な神経興奮を抑制できるようになる。なお脳の神経でCl-がたくさん流入するようになると、脳機能の抑制、つまり、鎮静作用が起こる。そこで主な副作用としては眠気(13.9%)やふらつき(7.6%)などが知られている。

 本当に開始するのかなぁこんな薬こわいよ、抗けいれん薬?

 

日記を読み返してみて(2017年8月10日)

手術から5ヶ月が経過しているいま、痛みは点滴に頼らず、内服薬だけで押さえられている。あの頃はほんとうにかわいそうに思える、まだ4ヵ月前のことだけど、自分のことながら、良く頑張ってるなと思った。あの地獄のような痛みを毎日毎日泣きながら。

それでも、新たにチェンジしたリハビリさんはほんとうに真剣に痛みと向き合ってくれマッサージや痛みを回避する方法を考えてくれた。持続で麻酔薬を点滴していても鼠径部が痛み、どうすることもできなくて座薬を使用してみたり薬を増やしてみたりとやれることを試している。でもペイン専門の医師が介入したのは4月19日~であり、遅いと思う。なぜペインクリニックと言う外来があるのに早期に対診を依頼してくれなかったのだろう。今となっては遅いけれど、あまりにも苦痛が長すぎる。いまでも大量の薬はのんでいるが、それでもあの頃の痛みはなくなったし、しびれも徐々に我慢できるようになってきている。

4月21日~はブログを始めている。痛みをまぎらわせるにはとてもいい方法を見つけたと思う。がしばらくは平行して日記もつけてブログもやったその間は痛みを忘れられるし記録も残せるし写真も残せる。一石三鳥だと思った。

このブログを読んで、誰でもいい、何かの役に立てたら、痛みで苦しんでる人は沢山いる、その痛みをどうにかしてあげたいと思っている人も大勢いるから。からだが麻痺してしまう感覚、戻っていく感覚は痛みと同じで、そうなった人にしかわからない、うまく伝えられない。24時間つねに痺れているっていうのは、痛みよりもつらいかもしれない。そんな気持ちを伝えたくて始めた。

今、しびれと痛みを薬でコントロールできるようになり、転んだりはしているが、試験外泊もできるようになった。明日はいよいと退院。長かった入院生活、大腿神経麻痺と戦っている方からも応援してもらっている。これからも自分にも痛みにもしびれにも負けずにまだまだリハビリをがんばります。転ばないようにね。( =^ω^)