大腿神経麻痺のリハビリ生活日記

2017年3月8日、人工股関節の手術で、大腿神経麻痺となりました。毎日、右足の痛みと痺れと膝折れに苦しみながらも、リハビリに取り組んでいます。なぜ?こんなことに?どうして?私なの?時にくじけそうになりつつも、周りの人たちに助けられながら入院生活を送っています。術中の過誤による大腿神経麻痺は大変珍しく、ブログが少な過ぎるため意を決して始めました。是非「コメント」をお聞かせください。お返事いたします。☆マークを押していただければその方のブログ内にコメントできます。

②3月15日~3月19日(術後1週間)

3月15日

いま、点滴を打っている、アセトアミノフェンです。当直の先生が出してくれました。1時頃から何をしててもどんな体位を変えても股関節中心部がじんじんとワンワンとゴムのとんかちで叩かれている感じ。昼は我慢できるのに。今は無理。100mlを30分かけてもうすぐ終わりそう、少し効果出てきたみたい。

 

とうとう寝れずあさを迎えた。何が痛いかって言うと、術後すぐに痛かった股関節の中心がズンズンズンズン痛むい。柔らかいカンナととんかちで削られているような。アセリオも効かなかった。いま車イスでニードルつけて30分、少しだけ痛み落ち着いた。自分で持参してきたトラマールも飲んで少し落ち着いた。

 

アロンアルファでつけたところが痛いのか、神経再生の痛みか、なんだかわからない。そういえば先生、医療用のアロンアルファはないとか言ってたけど、わたしが内視鏡ではあるって言ったら、当日になってやっぱりあったので使いますって言った、手術当日に説明された。そんなことするんだよ。おかしいよ。前の日にないって言ったのに当日あったから使いますって。医療用のアロンアルファくらい一般人でもあるの知ってるのに。疑いだしたらきりがない。しっかりとつけてもらったならそれでいいけど、急に手術方法を変えたりするなんて、いい加減な手術をしたのではないかと一般人なら考える。毎日痛くて痛くてまともな神経になれないかもしれないけれどそんな風に考えておかしくないと思っている。

 

今回の経緯について改めて思い返してみると、術前にあった合併症についての同意書の中に、足の麻痺のことはありませんでした。ましてや歩けなくなるなどと言う説明もなかった。ただ神経の多いところだから傷つけることはあると話はしていた。初めての手術で予想ができなかったのもあると思うが、それにしても悔しい、痛いし、辛い。悔しいとなおさら痛みが強くなるし、こんなことになるなら手術はしなきゃよかった。入院前日にいったん手術に不安がでて主人が電話をして入院を取り止めたいと連絡した。あの時に本当にいかなければよかった。入院の説得に応じなければよかった。そんなこと考えると、頭にきてストレスで耐えられなくなって死にたくなる。誰のしわざ?こんなに痛くされてゆるせない。もうつらい。死ぬなら先生の目の前で死んでやるから。

 


【いま辛いこと】
痛くてほとんど眠れない
ひざからガクッとおれてしまい本当に危険、恐怖、怖い、不安
ベット移動、トイレ移動、なにもできない
太ももの感覚が全くないが、マッサージをすると中心の筋肉痛か骨のようなものがあってそれも痛い。
立ち上がることができず太ももに力が入らず、ひざを曲げたまま踏ん張れない。
先生には「ゆっくり治すしかないな」と言われましたが、具体的な対応は何もなし。
【よくなっていること】
入院している1週間でベットから車イスに麻痺したあしを手でもってなんとか移乗できるようになった
特に膝の辺りの感覚があり、びりびりと始終電気が走ってきている
太ももの奥の方に痛みがあり、ももに財布など軽いものを落とすと激痛が走る
【これから不安なこと】
この激痛は何ヵ月でよくなっていくのか目安でもいいから知りたい
そもそもいったい何が原因か、どの部分を損傷してこうなったのか
(鼠径靭帯損傷か大腿神経そのものか)
何年か後もしびれることはあるか
仕事復帰のめやすは
わたしの手術はまれなことでもこの神経麻痺は症例があるはず
今後のことでできるだけくわしく知りたい
傷の癒着は大丈夫か、腸が突っ張る、痛い、癒着シートと言うものは使ったか?

昨夜は本当に辛くて眠れなかった。寝る前にボル座にアセトンにまたボル坐、トラムセットにトラマールもかじった。やるだけやってしまった。どんだけ痛み止めを飲めば痛みがなくるの?全然痛みが収まらず今夜もそうなるかとおもうと泣きそう。よる先生が来て 「痛みすごいんだって リハビリは うーん とにかく ゆっくりと」 と 緊急時の痛み止の処方を出したといいに来た。土日以外毎日顔を出してくれているが具体策は提言してくれない。

直接先生がリハビリに言わないから、リハビリが手加減しないで痛いのにどんどんやらせようとする。それもまたおかしい話だよ。前回も骨がむき出しのままなのに、CTで判明するまで痛いって訴えてるのに、寝ながら足を上げさせられたんだから。

そんなこと思い出したら悔しくて悔しくて何を信じたらいいのかもわからなくなる。たすけてー。

 

3月16日

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やっぱり今朝も4時頃から痛みだしてボルタレンいれた。でもトラマール噛んで起床にした、痛みよくなった。昨日から尿器でとるようにして動かずトイレに行かないようにした。やっぱり安静がいいのかも。痛みがあるのはリハビリするからだし、もう少ししてからリハビリ頑張ろうと思う。

足のしびれがだんだん強くなってきている。しびれはがまんできるんだけど、痛いのはがまんできない。よるになると痛い。足のつけねのカップの穴を埋めた場所。まだしょうがないのかな。足の太さもいまは変わらなくなってきた。

いま、整形外科師長が挨拶に来た。神経麻痺のことはあまりよくわかってなかったようで、説明した。痛みについてすごく心配していた。アセリオは効果ない、もってⅠ、2時間ボルタレンは2時間くらいと話した。  話をいちいち最初からしなくてはいけないなんて辛いところになんで、ちゃんと他の人たちも情報をとってこないのだろう。

わたしは、

人股関節の手術をしましたが、人工カップが露出し痛みが生じたため半年後にカップを埋める8時間に及ぶ再手術をしました。その際、大腿神経の損傷があり右足が麻痺して歩けない状態です、術後まだ1週間が過ぎたところですが、歩行訓練どころか完全麻痺でだらりとした状態です。

毎日必死に痛みと戦っていますが医師からは「あと2週間くらいで方向性を決める、おそらくながくかかる」とのことでなにも説明はありません。とても心配です まだ40代これからもビシビシお仕事に専念するためにあえて受けた手術なのに、どうしてこんなことになっているのか理解できません。

こんなことになって病院はこんごなにをしてくれますか?

 

3月17日

夕べは痛み自制内で我慢できてさっき起床した。周りの患者さんももう起きている。お腹がいたくて薬のもうか考え中。もう少し我慢してみようと思う。今日はこどもがきてお洗濯してもらったりいろいろやってもらう。よかった息子がいて。

手術の傷について調べたら

手術をした箇所の縫い合わせ箇所(傷口の部分)は固くなります。
通常手術後半年くらいまでは赤みがあり、その後赤みがなくなっていくのです。
これは自然な事で、瘢痕(はんこん)と呼ばれています。
手術や切開などで皮下組織の深層に傷が付くと、出来るだけはやく皮膚を保護しようとする身体の働きがあります。
この働きにより、新しい組織が形成されます。その新しい組織のその上に通常の皮膚が形成される為にその部分は通常の皮膚よりも固い皮膚になってしまいます。これは人間の身体の治癒作用の働きであり、「瘢痕治癒」と医学界では言われているものです。残念ながら、通常の医者ではこの瘢痕を治す事は出来ないと言われます。
生活に支障があるわけでも病気でもなく治癒としての活動なので、目立たなくしたい、柔らかく元の皮膚にしたいというならば、手術した担当医ではなくて、美容関係の医者がいる美容外科や美容クリニックに相談するのが良いでしょう。
通常ではこの瘢痕治癒が見られるという事は医学界では成功した手術の証になるわけです。
この瘢痕部分が赤くなったり、膨らみが出てきたり、痛みやかゆみを生じる時は肥厚性瘢痕と言われるケロイドの兄弟のような病気なので皮膚科等に相談してください。

今日は本当に全身がいたい、もう身もだえるくらい痛い、このままどっかから飛び降りたらいたくないかもとかも
思うけどそれはできない。死にたいくらい痛いのに

今夜は眠剤も飲んだし、寝ます。膝のピリピリが太股真ん中くらいに延びてきた。いたくて涙が出ている。
波は去ったので今のうち日記つけて寝ます。明日先生にリリカ 朝も出してもらおうかな
電気信号ばりばり出ている 

 

3月18日

今日は初めてお昼寝をしてしまった。その間にお見舞いが来るなんて、お兄ちゃんも午後きてさっきまで話してしまった。痛みは変わらず、じんじん、ぴりぴりの繰り返し。ときどきいやになって死にたくなる。でもがまん、神経ががんばって成長してきているんだもの。一生この痛みが終わらない訳じゃないし、お兄ちゃんといろいろ話してたら(話しすぎ)スッキリした。ついでに写真もスッキリ削除してしまった。DCIMのホルダを長押ししてマウント解除したらスッキリ削除でした。(T^T)もうこりた。無料ソフト使って一部は回復したけど。

あーいたくて眠れない、ほんとずっとぴりぴりだもん、いま座薬もらった

 

3月19日

痛くて毎日4時には起きてしまう、つらい、足の付け根が痛くてじんじんぎんぎんぴりぴりぐっっさりとした痛み、足を伸ばしても曲げても痛い、もう眠たいのに痛くて眠れない、眠剤きいてもうろうとしてるのに、あーあいつまでがまんしなきゃいけないんだろう、わたし。もういやだ、

もう。きょうは死ぬ。痛すぎる。鼠径部がいたい。たすけて。神経伝達物質が出すぎ。アドレナリン、ノルアドレナリンとかCa+2とかよくわからないけれど、痛いのは確実、何かしてないといたくてしょうがないから日記を書いてます。あーいたいいたいいたい。
太股に小さな糸ミミズのようなムカデのようなものが20匹ぐらい這い回っているような痛さ。痛いよー。

 

先程先生から二人で手術説明と今後の見通し、神経回復に3週間から半年かかることがあるそれから筋肉をトレーニングするので時間がかなりかかると話された。医師の説明内容を下記に要約する。


①前回の手術でノミかなにかで穴を開けた感じがある
②前回の手術で神経をいじって癒着のようにくっついたとおもうので今回も長くかかった
腸腰筋が強く張っていて指をいれると痛いくらいだったので、もしかすると被せたものがどうなるかわからず難しいかもしれないが、たぶん大丈夫です。
④手術で神経 大腿神経をいじったので麻痺が残っています
腸腰筋が強く欠損部分に強く当たってましたから、よっぽど痛かったと思いますが、今回の材料で覆ってビスで5箇所止めてあるので大丈夫だと思います。
⑥足の長さは0,4cmくらいしか低くできなかった。脱臼してしまう。段差は解消できなかったので申し訳ない。
⑦神経は時間がかかるのでどのくらいで治るとかはいえない
⑧絶対に目に見える大きな神経に傷はつけてないから大丈夫ですがただ時間がかかります。痛みのコントロールがついてから回復病棟になります。
以上の内容を話されても、夫は納得はしていない。かなり怒っているし、死んでも許さないといっている。とにかくこの病院がわたしを見捨てることさえなければ大丈夫。不安は一杯だけど。 

 

 

 術後1週間~2週間頃にはすでに神経信号のぴりぴりの他に、しびれが始まってきている。じりじりとかずんずんとかいろんな表現のしかたをしていて、リリカをのみ始めた。でも痛みのコントロールはできておらず、痛みで死にたいと呟く毎日。痛くて眠剤も効果なく眠れずに、本当に究極の地獄の世界にいたことがわかる。

本当に悔しくて読んでいても涙がでてしまう。

もっとはやくこの時点でFNBをやれなかったのかも悔やまれる。