大腿神経麻痺のリハビリ入院生活日記

2017年3月8日、人工股関節の手術の合併症で、大腿神経麻痺となりました。毎日、右足の痛みと痺れと膝折れに苦しみながらも、リハビリに取り組んでいます。なぜ?こんなことに?どうして?私なの?時にくじけそうになりつつも、周りの人たちに助けられながら入院生活を送っています。術中の過誤による大腿神経麻痺は大変珍しく、ブログが少な過ぎるため意を決して始めました。是非「コメント」をお聞かせください。お返事いたします。☆マークを押していただければその方のブログ内にコメントできます。

山頂を目指そう


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自宅のマンションから、一眼レフでとった富士山です。

 

 

本日、退院となりました。

いつの日かあの富士山の山頂を目指します。

 

原敬之さんの名言集です。

 

この世に「不運」は
ありません。
これからどう生きるのか。
人生を見つめ直す作戦タイム
と受け止め、
内観しましょう。

 

たとえ今が苦しくても、
それは「今が試練のとき」
なのだからであって、
永遠に続くわけではないと、
人生を長い目で見る余裕を
持つことが大切です。

 

試練のときこそ、何かのせい
にして逃げるのではなく、
自分の心を見つめてくだ
さい。
スピリチュアルな視点で
見れば、試練は、たましいを
成長させるための磨き砂
です。

 

暗い顔をしていても苦悩から
解き放たれるわけではありま
せん。
そればかりか低い波長は、
負のパワーを増幅させて
しまうのです。
苦しいときほど
笑ってください。

 

孤独には、
たくさんの豊かさが
内包されています。

 

 

これから自宅にもどって療養するなかできっと「孤独」に苛まれることになるでしょう。一人でのリハビリほど自分の力量を試されることはないと思うから。リハビリの山頂を目指してがんばりたい。今の私の山頂は装具なしで転ばず歩くということ。「歩く」という単純なことが、どれだけ大変なことかを私は知ることができたのだから、これからもできる限りのことをしたい。

「死ぬこと以外はかすり傷」なんだそう。いつかかすり傷と思えるようになりたいし。

社会から見放されたと感じることなく前に向かって進んでいこうと思います。負けてもいい、なにかを学ぶことができれば。今はそう思って退院を迎えたいと思います。

いままで、応援して励まして支えていただいた皆様ほんとうにありがとうございました。

 

 

⑤4月11日~4月20日(ブログ開始するまで)

 術後5週~6週ころの日記

 

4月11日

今日は朝から立っただけで足が痙攣を起こしてしまった 。リドカインの点滴をしながら、FNBを挿入してもらった。助かった。ほんと さっきまで 立った刺激だけで キーンと痙攣したのに、点滴して、ようやく立ってトイレできた。少し漏れたけど。

風呂には 直角に腰を曲げたまま、おばあちゃんのようなカッコで看護師さんに全部やってもらってようやく入浴した。

FNBを入れてもらって、コンビニに行けた。トイレ行ける。よかった。昨日、あまりの痛さで主人に愚痴を言い過ぎて口喧嘩となった。痛くて痛くてどうしようもなく、当たってしまった。毎日来てくれていたのに本気で起こらせてしまって、もう来るもんか馬鹿野郎と帰ってしまった。いまメールで痛みが落ち着いたと報告したら来てくれるって、よかった。あの人がいないと何もできない私に気がついてしまった。

リドカインの点滴は負担が多すぎるので、やめて内服薬のメキシレチンに変わった。

今夜は眠剤飲んでみたけど眠れない。毎日2錠もデパス飲んでるのに、なんでこんなことになったのか、考えるととてもじゃないけど辛く眠ることなどできない。手術後、何度死んだほうが楽かもしれないと思ったか、一番辛いのは一番辛いひとが誰なのかということを忘れているひとがいたり、私のせいで辛くなった人が増えてしまったり、医師はわたしに 麻痺という 歩けないという 過ちをおかしたのに謝罪もない、悪いことをしていないわたしにどうして謝らないのかがわからない。痛みがなく歩いてどんどん仕事ができるようにと 受けた手術なのに、いまは 気の遠くなるような痛みに24時間、毎日耐えている。もう34日間も。先日は若い理学療法士に「なんで麻痺してるんですか、何で痛いんですか」と聞かれた。とてもひどい質問で涙が出そうになるのをこらえ「あなたはもう少し勉強が必要だ」と答えるのが精一杯でした。そのひとは前日当日の情報はとらずカンファレンスにも出ていないとのこと。ある薬剤師は「この薬はがんの痛みだけに使うものです、ほんとうは 使えない薬剤ですそんなに痛いのですか」と聞いてきた。私は「いまここから飛び降りてもいいくらいの痛みです」と答えるとプイッと背を向けて病室から出ていった。医師はいろいろな痛み止を処方してくれたり、処置を施ししてくれ、わたしの痛みと向き合ってくれていて感謝しています。 でも、こんな状態になるのであればこの手術はしていない、手術前の説明では、切る場所が神経を損傷する可能性はあるとだけ言われただけです。歩けなくなる、痛みがひどく24時間苦しみ、たくさんの痛み止めを飲むようになるとか、死にたい、生きていけないなどと感じるようになったり、不安になり眠れなくなるなどの説明はなかった。患者となってはじめて感じた。医療者はもっと、辛いのはだれかを考えるべきだとおもう。毎晩こんなことを考えながら眠れない日々でも、わたしの回りにはまだまだ頑張っているひとがいて、朝になると元気な声をかけて励ましてくれる人もいる。働くって素晴らしいことだなと思う。人を元気な気持ちにさせるって良いことだな。元気な声を聞くために今夜はもう目を閉じようかな。

メキシレチンは神経には効果あるように感じるけど 鼠径部には効果なし やっぱり トラムセットが効くと思う、いたくない。先生が「やっぱりかたい 癒着してるな」と昨日 FNBいれてる途中で呟いた。 さすがにあれだけの時間7時間以上も手術で押さえられた鼠径や靭帯だから癒着しない方がおかしいだろう。FNBのあとはいたみは軽減してトイレにいけるようになったしベット上にいる限りではいたみは感じない。動けばすごいいたくなる。 これに耐えて こそ リハビリなんだろうな。 午後から主任が ベット上にCPMをもってきてやってくれるそう。先生の案らしい。 左足が退化しないように今日からきたえよう。

 

4月12日 

今日はいろいろありすぎて何から日記にしようか、時系列で朝起きてFNBの効果に驚かされた普通に起きてトイレに行けるなんて。でも鼠径部のいたみは変わらずトラムセットで十分効果あり。もうこうなると 効果ある薬の探り合いみたいな感じになってきた、昼に息子が来てパンたべてそれから普通に車イスに座っていられた。2時半から病棟の先生と家族の病状説明。さすが先生よくわかるように説明してくれた。先生が「なにか言いたいことがあれば」といったので、じぶんの思いの丈を言った。昨日の夜中にかいた日記のことの半分くらい話せた、昨日日記かいていて練習しておいてよかった。そのあとリハビリは2階で、1時間も、結局は痛みが脳を支配してるなら脳を騙していこうと言うことになって、地道に動かせる範囲を広げていくことになった。痛みのメカニズムの勉強もついでにやろうと本が届いたので今日から読みふけるとしようかなあ。

整形外科医は「足持ち3年鈎持ち8年」なんだそう。誰だろう私の足の鈎もちしたのは?

 

4月13日

今日は朝から忙しかった。トイレと身体を拭いて着替える、おそらく普通なら5分くらいの出来事が10倍の50分ほどかかった。しかも必死に足の痛みをこらえて。とにかく痛い、毎日何気なくしていることがこんなに大変になるなんて思ってもみなかった。でも何時も思うのは、こんな体験をする人なんてそうそういないからむしろ、珍しいので、記録に残そうと思って毎日、日記をかいている。それも無料のソフトで。これバグったら泣いちゃうな、かなり愚痴ったり泣きまくって、いろいろ書いているからあとから読み返したい。

今日は感謝の日だな。昨日からなんだか鼠径部がひどくいたくなってきて、原因がわかった。ST主任さんにマッサージをしてもらい痛みがとれた。全くぜんぜん動かさないから痛みが出たと思われる。リハから戻ったらこんどは看護師さんが足浴をしてくれた。垢がすごかった。スタッフに本当に感謝だな。

 

4月14日

朝はいたくて起きてしまう。何がいたいかわからないくらいどこなのかも、とにかくいたい、足のつけね?鼠径部?太もものケイレン?もう何がなんだかわからないくらい。一番辛いのは、朝から痛いこと。そしてこの痛みが誰の仕業なのかとかも考えてしまう、もし、神様なのだとしたらわたしに何をメッセージとしているのか、悪魔の仕業ならわたしが何をしたからなのか?そう考えると答えが探せない。何かの罰?試練?この痛みは何を意味しているの?はてなが一杯になる。今日の夢は電車で遠回りをする夢。すごく遠くて焦って近道のルートを探して電車に飛び乗るの。うまく言ったけれどそれがなぜか高校生の時にのってた電車。うーん、日記をつけていたら少し訳のわからない痛みが楽になってきた。脳が痛みの閾値を上げてきたからかな?今日はどんな一日になることやら。回り道してもしっかりまえをみてあるきなさいと言うことかな夢の意味って。

 インターネットで

電車の夢は 基本的には、あなたが目標に向かって順調に進むことを暗示しています とのこと。発車間際の電車になんとか乗り込む夢は、
あなたが新しい成功への機会を手にすることを暗示する吉夢です。特急電車など、
普通よりも早く目的地に到達できる電車に乗る夢は、
前進するエネルギーの高まりをあらわします。
うーん これって、どうとらえればいいのだろう

 朝起きてから今まで痛くて、死にたくてどうしようもなかったのに今は全くいたくない、どこもいたくない。痛みは人間の防御反応だそうです。わたしのからだのどこに警告を出しているのでしょうかね、確かに今日は股関節の痛みは動かしていないせいだとわかったし、今日からリハさんに股関節を動かしてもらえるようにした。いつものFNBは防御反応を無視しているのかもしれない。

 

4月15日

昨日のあさより痛みが少ない、痛いのは足のつけねと鼠径部、あと太もも全体。今日珍しく寝坊して朝御飯ギリギリに起きた 二度寝したんだけど、寝るっていいね。久しぶりに元気なあさを迎えた気がする。今日はお父さんの通院日、わたしがこんなんだからお母さんには 迷惑かけて、退院したらおかあさんに親孝行しないと。

 やっぱり鼠径部通は変わらない。ずっと仰向けに寝てるからかも。足をできるかぎりガニ股にしてみたらちょっと楽になったんだけどまたすぐじーんじーんって何とも言えない激痛じゃないけど筋肉が腐っていくような痛みっていうのかな、低温で茹でられて言うっていうのかな、ねじられてるような痛みかな。いまはその痛みがつらい、あとはなんともない。リハビリ疲れたんだろうな。

 

4月16日

今日はじめてのつぶやき。ずっと悩まされていた あの 鼠径部痛の原因がわかってきた確実じゃないけれど、リハビリ中にわかった。足を曲げていると痛いことがわかった。要するに ST主任さんが 腸腰筋かもしれないと言ったところで、あっそうだとおもった。新しくいれた人工骨カバーの上に腸腰筋が今のっかって まだなれていないからだとおもう
そこで ここに三日 歩行訓練やら脚まげやらをやったもんだから、痛みが出たんでしょう。1つ問題解決、今はまっすぐにしているけれど、ずっとこのままじゃだめ、ならしていかないと。筋肉も相当落ちた。今日ふくらはぎの頸骨、ひ骨が目立ってきた。

 

4月17日

もういや、股関節の痛みが今はマックス。久しぶりにボルタレンを挿入した。10時からリハビリだし。でもリハさんはいたいからあまり無理はしないとおもうけど。なんで痛いんだろう。どうしよう、個のまま一生この痛みが続いたら、死ぬ他ないな。あと 腰から持続の一生つける痛み止なんて絶対嫌だ!ペースメーカーみたいに植え込むなんてお断り。絶対に許さない、実験台にしないでよ。ふざけるな、とにかくこの痛みをどうにかしてほしい。股関節がいたいの、ふとももじゃなく、関節がいたい。はきけがする。いたいいたい、痛いんだってば。ボルタレン効かない。あさ排便もあったし痛みはそれだけでも違うのに便しても痛みがある。死んだら負けだよなやっぱり、戦うぞこの痛みと。トラムセット2錠のんでもだめ。座薬もまだ効かない。どうすれば。やっぱり まっすぐに寝てるしかないのかな。

脊髄刺激療法なんて絶対に無理。だって痛み半減くらいで歩けるようになるかっての。希望は 1痛みをなくす 2麻痺を直す 3歩きたい 4仕事復帰 それだけなんだから。なんでこんなめに。おかしいでしょ。手術しないで、腸腰筋の腱をぶったぎればよかったの?それもおかしいでしょう?

 痛みと戦いながら、一体なにをしていればいいのかわからないから日記などをつけているんだよね、やっぱりブログをやろうと思った。とりあえず アメーバじゃなく FC2 というほうが見映えもいいらしいと。やるかなあ。

 

4月18日

今日は股関節がいたい上に腰までその痛みが響いている。いま先生が来た。昔はこのFNBを1ヶ月くらいいれていたこともあった。と呟いて帰った。(どういう意味?)

 

4月19日(ペインコントロール介入日)

リハビリ終わった。最近ずっと股関節がいたくて今日、先生が麻酔科の偉い先生をつれてきてみてもらった。しかもリハ室で。背中からブロック注射を試みたいということになったんだけれど(ヤル気満々ですでに片手に同意書持参していた)うつ伏せになれないことが判明し、しばらく飲み薬を(リボトリールという抗てんかん薬)追加して様子を見たほうがいいと医師が医師にアドバイスしている。
FNBを一旦今日は抜いた。今後もFNBは継続。1週間後ごとに風呂にはいりつつ交換だそう。しかし、一体クスリを何錠飲めばいいのか聞いたら、若いから大丈夫よなんて平然と先生、言うけどあんたよりあたしは年寄りなんだから、それより麻酔科の偉い先生のほうが若い気がしたけど敬語使ってたから、あの偉い先生何歳なんだろう。

 

4月20日

昨日いってたリボトリールを始める気配はない。あさから痛みで目が覚めるなんて、憂鬱でしかたがない。昨日、FNBを抜いたのもあるからしょうがないけど、しびれも強いし、なんといっても股関節がいたい。昨日の有名な先生が言ってたけど、股関節手術しすぎてるし、傷も多いからいろんな痛みが出てきてるって。でもそこを何とかするのがペイン医師の役目だし、病院の義務です。好きでこうなったわけじゃなくて、手術中に神経をいじりすぎたという、はっきりとしたミスなのだからしっかり責任をとらないと訴えるからね。なーんて心のなかでさけびつつ今日は朝から気分が悪い。でも1週間ぶりのシャワー浴ですっきりした。ベットに座れるようにもなったし、なんでこんなめにと毎朝おもうのは自分もつらいからやめておこう。なにかつぎの目標。例えばこんな目にあったのならこの私がきることを探してみよう。

明日からブログ開始するか。

とりあえずリボトリールってなんだ?

抗けいれん剤

主な疼痛改善の作用機序として、 神経細胞膜のNa+チャネルに作用し、Na+チャネルを阻害することにより、神経の興奮を抑制する。またGABA受容体にも作用し、過剰な神経興奮を抑制する。ベンゾジアピン系で抗けいれん薬としても使用されるリボトリール (クロナゼパム)は、GABAニューロンの作用を特異的に増強する。ガバベン (ガバペンチン)は保険適用されないが肝臓での代謝をほとんど受けないため、薬物相互作用の影響を受けにくいという利点がある。

 

リボトリール (クロナゼパム、ランドセン)

難治性疼痛のコントロールリボトリール0.5~1mgがしばしば使われる。数日後に蓄積性の眠気を生じることがあるが、大きな副作用はなく、不眠がある場合には使用しやすい治療薬である。

クロナゼパムはベンゾジアゼピン系薬と呼ばれる種類の薬で、「脳の神経興奮を鎮める物質」の働きを強めることによって、異常な興奮を抑える作用がある。つまりベンゾジアゼピン受容体を刺激することで、神経細胞の異常な興奮を抑える作用を持つ。

神経の興奮にはNa+、Ca2+、Cl-などのイオンの動きが関わっている。Na+、Ca2+は興奮性のシグナルで、Cl-は抑制性のシグナルである。元々細胞内はマイナスの電荷を帯びており、ここにプラスの電荷をもつNa+が細胞内へ流入すると、細胞内の電荷がプラスへ転換される。この現象を脱分極と呼ぶ。脱分極が起こることで、神経の興奮が伝わってゆく。一方、マイナスの電荷をもつCl-が細胞内へ流入すると、先ほどとは逆に、細胞内がマイナスへ傾き過ぎてしまうため、なかなか脱分極が起らなくなる。つまり、神経興奮が抑えられてしまうことになる。体には「Cl-」の流入に関わる受容体」が存在しており、これをベンゾジアゼピン受容体と呼ぶ。ベンゾジアゼピン受容体の刺激作用が刺激されれば、Cl-が細胞内へたくさん入ってくるようになり、異常な神経興奮を抑制できるようになる。なお脳の神経でCl-がたくさん流入するようになると、脳機能の抑制、つまり、鎮静作用が起こる。そこで主な副作用としては眠気(13.9%)やふらつき(7.6%)などが知られている。

 本当に開始するのかなぁこんな薬こわいよ、抗けいれん薬?

 

日記を読み返してみて(2017年8月10日)

手術から5ヶ月が経過しているいま、痛みは点滴に頼らず、内服薬だけで押さえられている。あの頃はほんとうにかわいそうに思える、まだ4ヵ月前のことだけど、自分のことながら、良く頑張ってるなと思った。あの地獄のような痛みを毎日毎日泣きながら。

それでも、新たにチェンジしたリハビリさんはほんとうに真剣に痛みと向き合ってくれマッサージや痛みを回避する方法を考えてくれた。持続で麻酔薬を点滴していても鼠径部が痛み、どうすることもできなくて座薬を使用してみたり薬を増やしてみたりとやれることを試している。でもペイン専門の医師が介入したのは4月19日~であり、遅いと思う。なぜペインクリニックと言う外来があるのに早期に対診を依頼してくれなかったのだろう。今となっては遅いけれど、あまりにも苦痛が長すぎる。いまでも大量の薬はのんでいるが、それでもあの頃の痛みはなくなったし、しびれも徐々に我慢できるようになってきている。

4月21日~はブログを始めている。痛みをまぎらわせるにはとてもいい方法を見つけたと思う。がしばらくは平行して日記もつけてブログもやったその間は痛みを忘れられるし記録も残せるし写真も残せる。一石三鳥だと思った。

このブログを読んで、誰でもいい、何かの役に立てたら、痛みで苦しんでる人は沢山いる、その痛みをどうにかしてあげたいと思っている人も大勢いるから。からだが麻痺してしまう感覚、戻っていく感覚は痛みと同じで、そうなった人にしかわからない、うまく伝えられない。24時間つねに痺れているっていうのは、痛みよりもつらいかもしれない。そんな気持ちを伝えたくて始めた。

今、しびれと痛みを薬でコントロールできるようになり、転んだりはしているが、試験外泊もできるようになった。明日はいよいと退院。長かった入院生活、大腿神経麻痺と戦っている方からも応援してもらっている。これからも自分にも痛みにもしびれにも負けずにまだまだリハビリをがんばります。転ばないようにね。( =^ω^)

 

④4月1日~4月10日(術後4週)

過去の日記④/①②③④⑤

 

4月1日

やっぱりあさは4時にめが覚める。めが覚めたとたん激痛。鼠径部と膝上が痛い。ずんずんじりじり動かすとぎこぎこ、膝はぴりぴり苦痛。打撲したアザを押している痛みがする。
結局、FNB持続麻酔の効果はなかったかも、持続注射より直接さしてもらったときが一番聞いた。

 

4月2日

夕べ鼠径部が痛くて、16時にリドカイン注をはじめて開始した。でも20時くらいには痛くなってきて4時間くらいしか効かない。内服でごまかして眠剤を飲んで就寝した。でも痛くてめが覚めて2時頃にまたリドカイン注をやって、ようやく寝て7時にめが覚めた。睡眠時間はとれているけど、睡眠の質は最悪だとおもう。朝はトラムセット2錠が当たり前。いま10時になる。うずうずじんじんしてきた、今日のリハビリはベットでやる。足を曲げると鼠径部が痛い。

 同じような麻痺で悩んでる人のブログとかないのかなと探したら

一つあった。

 

ネットのブログより(股関節術後の大腿神経麻痺の女性で漫画家?)

 

実は手術後2週間目に大腿神経麻痺があることが発覚しまし
初めて聞いたときは、ふ~ん、程度にしか思いませんでした。
ですが、回復に時間がかかるという事を、歩行練習が始まってから徐々に感じました。
悩んだこともありましたが、ようやく気持ちを綴れるようになりましたので、ご参考になればと思います。
まずは、大腿神経麻痺がどんな症状なのかまとめてみました。
大腿神経麻痺とは
ももの前面の神経麻痺のこと。
足を延ばした状態で、足首や膝などを上げることができず、膝を伸ばす力が失われる。
私の場合、神経が何らかによって圧迫されてしまい、麻痺が残ってしまったようです。
人工股関節でも大腿神経麻痺の症例が少数あるとのことです。
普段の生活での影響階段の上り下りが一段ずつしかできない。
→膝を曲げた状態で力を入れることができないため、手術していない足でしか登る事ができない。
膝折れ
→膝を曲げた状態で力が入らないので、少しでも膝を押されたら転倒してしまいます。
麻痺している足を上げてキープすることができない。
→湯船に入る際、服の脱ぎ着は、麻痺している足を手で足を持ち上げます。
尚、歩くことはできます。膝折れしないように膝にロックして歩くように気を付けています。
長時間歩行の際は、膝折れ防止の装具をお借りしています。
本来、装具は購入しなければならないのですが、好意で貸出してくれた病院に感謝です。
回復までの期間・兆候
1日約1ミリずつ神経が回復する。
1ヶ月で3センチ程度しか神経が繋がってこないのですね。
期間は半年くらいから1年を要する※個人差あり
半年くらいから徐々に神経が戻ってきます。戻ってから通常動作が回復をしてきます。
回復の兆候としては、足がピリピリすること
つながりかけの、少ない神経で足を支えるため神経の痛みがでるようです。

 

ということまでで、このひとはもうブログを更新していない。あとはどこを探しても大腿神経麻痺のブログがない。

 

4月3日

あらためて、先生に聞きたい、なんで抹消神経を損傷するような手術になったんですか?時間が長いからと言っても、筋鉤を途中で緩めるとかできなかったのですか?って
あと、この先どんな痛みが襲ってくるのかおしえてください。人それぞれなんていうのはやめて、先生の知る限りはっきり言ってほしい。って
あと、せっかく痛みのコントロールを自分なりに時間配分で決めてたのに、薬剤が品切れって、ありえません。ちゃんとしてください。って

でも結局聞けないんだよね。弱いよ患者なんて。

今日は回復病棟に引っ越しだというのに。もう足が死ぬほどしびれていたくて、気がおかしくなる寸前だった。もう毎日気ちがいになりそうな程痛い。でもリドカイン注のお陰でなんとか持ちこたえる。どうしてあれって効くんだろう。二時間くらいは確実に痛みやしびれが全くない。その後からはじりじりとじわじわと痛みが増してくる。いまもだんだん痛みが出てきている、同室の方と話をしていたらしばらくは我慢できた、こうして日記をつけていても足の特に膝辺りからじわりとぴかりと花火が飛ぶ。こんな痛みは誰もわかってくれないだろうな。こんなに痛くてしびれて辛いことを、同じ思いをしている人たちにや他の誰かの世の中のためになるような事をしてこの経験を役立てないといけないと思っている。

 

4月4日

いま一時間のリハビリ訓練してきた。かなり筋肉がないことにあらためて気がついた。どうなるんだろうこの先、希望と不安がはじめて一緒に感じられた。一生筋肉がないままで三ヶ月後に放り出されてもこまる。自分から好きで麻痺した訳じゃないし、先生もわざと麻痺させたんじゃないと思う。だけど、なんで私なの?もう、こんなに痛いなら飛び降りて楽になりたい。

2回目のリドカイン注やろうかな? 痛みががまんできなくなってきた。

リドカイン注やらないでもすみそう。ベットで横になってたら楽になってきた。今から二回目のリハビリだから、やめようかなうちながらリハビリをやってどこまで動かせるか試してみるのもてだな

 さっきリドカインやらなきゃよかった。3月28日から開始したFNBのPCAを抜いて8日間も風呂我慢してたから、やっと風呂に入ったとき ぴきっつ と神経痛めちゃって、それからふとももの外側が激痛。今はもも全体の痛みで我慢できない。さっきは我慢できる痛みだからやらなきゃよかった。

やっと5時間ぎりぎりで点滴した。腰もいたくなってきて限界だった、看護師さんがとても緊張しながらやってくれた。やっぱりリドカインは最高に効く。めまいはするけど効く。点滴そろそろ終わる。エチゾラムものんでしまったしきょうははやく寝てまた痛かったら点滴お願いする。

 

4月5日

注射終わったのに痛みがぜんぜん引かない、薬品入ったのかな?いつもならめまいがしてきて痛みがスーっと引くのに、おかしいな、夜勤さん入れ忘れてるとおもう。仕方ないので薬のんで眠剤のみました。これでなんとか眠れるといいけど。いまは不安で一杯で眠れない。だって足の麻痺がひどくなってる気がするし。鼠径部は相変わら痛いし、いまは膝の回りがサポーターつけているかのように締め付けられていて眠れない。このまま痛みで夜眠れないなら死んでしまうかも。あしたはリハビリお休みしたい。神経回復し始めるのはまだ早い気がする。教科書にも6週間めくらいからはじめるとも書いてあるのもあったし、でも筋肉があれば早期にというのもあったからどっちかわからないけどいまは不安、痛みが収まらないんだもん、座薬もらおうかな。

 やっぱり、2時に注射した。さっき薬剤師さんがきて、「本当に痛いんですか」「これはがん性疼痛でつかうもので今は例外ですからね」とかいい放った。ぶっ飛ばしたいと思った。ちゃんと末梢性神経障害性疼痛に2014年から使用してんだよ知らないのか?勉強不足なんだよと言ってやりたかった。2年目の薬剤師さんらしいけど、患者さんの心を傷つけてきたんだろうなあの人はたくさん。と思った。可愛そうな人だよ全く。
今日はほんとに足がいたくてリハビリはやりません。無理、だって教科書には6週間後から始めるようなこと書いてあったし今日で4週間めなんだから。痛い、とにかく痛い。助けてください。

 2時に点滴して以来、薬だけでいまのところ疼痛コントロールできている。さっき先生が来てエレベーターで主人とよ鉢合わせしたらしい。「いつなおるんですか」と直談判「いやーちょっとねー」と逃げられたそう、確かに神経の再生にはどのくらいと言えない先生が多いとは思う。ところでいつもこの時間は点滴希望してるんだけど、今日はがまんできる、うれしい。じんじん痛むけど足を外転させてると痛みがよくなる。やっぱり、はやめにデパスを飲む方がいいみたいです、足は外側にクッション入れてリラックス、アロマクリームがいいんだな、大好き アロマ。

 

4月6日

朝は眠剤飲んでも痛いな。いま注射してます、リドカインは少しめまいがするから、ちゃんと効果は出ているのかな。膝上のぴりぴりはいま真っ最中です。あさは効かないのかな・・・鼠径部の痛みもなくなってない、まだ1週間もたってないのに薬剤の耐性ができたのかなる。

 いたい、いたい、そういえば少し前まで座薬つかってたから使ってみようかな。どっちがいいんだろう。リドカインをするのとボル座でやるのと 身体への侵襲は・・・とにかく痛い、痛いまだ5時間しかたっていないのに。うーん 座薬いれてみようか。トラムセット2錠ものんでるのになんで効かないの?ジクロフェナクナトリウムはNSAIDSだからやっぱり使いすぎると腎臓血流障害とかもろもろあるし。いま、点滴してる。リハビリ中痛くなってきた、またふとももの右、突っ張ったあとずーっといたい、悔しくて泣き出してしまって泣き止まらなくなってしまった。リハビリさんを困らせてしまった。よっぽど薬剤師の一言が胸に突き刺さったんだわ。

先生がきた。「点滴4回はちょっとねー、飲み薬あるから、採用できるか聞いてみるから」と思わず有難うございますよろしくお願いします何て頭下げたけど、あとから ???? なんであたし頭下げたんだろうって。だってえあたしこんな思いだれにさせられたの?今の先生の手術でしょう??? ばかみたい私、頭下げるなんて。きょうは悔しくて涙でてばかりの一日だった。なぜ私だけこんなめに。。。。。あれから痛みは落ち着いた。さすったりするといいという研究がありやってみるとぴりぴりとしてくる。群馬大学大学院医学系研究科の柴崎先生というかたによると、TRPV2センサーが「ひっぱったり」「さすったり」などの物理的な刺激を感じて反応することで、神経の突起が伸びていくことを促す効果があるという研究報告があった。その時から毎日さすったり揉んだりしています。そうするととても痛い、ピリピリ、さすったところから電気信号が出てる感じがする。リドカイン点滴はもう1週間やった。そのときは楽でもすぐ痛みが戻ってしまう。リハビリでもさすったりしない。マッサージのようなことは神経が敏感で痛くてできない。今は自分でさする他ない。

 いま、点滴中、12時間ぶり、間隔が少しはのびてる、痛みはこれでよくなって、眠れる。デパスを1mgのんで、トラムセットはやめて リリカだけにした。

 

4月7日

今点滴が終わったサーフロー4日目なので抜いてもらった。次の点滴は午後にしたいだんだん間を空けられるようになればいい。点滴がきいているうちに足をいっぱい動かして運動をしよう。でもリハビリはしばらく安静にする予定です。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、死のうかな、本当に、さっき朝御飯食べている最中にトイレにいきたくなって便したら急にあの痛みが襲ってきてふとももの右がわがつるような痛みから始まってきて、そのあとはだんだんとその痛みが膝の周辺にきたり、ももの裏がわに移ったり、股関節が痛くなったりして最後はあし全体が痛くて、もうⅠ時間以上もこの状態。立っててもいたい、車イスに座っててても無理、やっとの思いでベッドに横になってみた。死にたいなもう。やめてほしい。こんな痛いの。たすけてよーーーーーーーーーーーーー   

 

座薬を使った。効いてるのか効いていないのかわからないけれど今は痛みがひいた。足を電気毛布で暖めてみた。冷たくなっていたからいいかも。とにかく暖めて、さすってみようと思う。これからお風呂の評価です。大丈夫かな、男だったら嫌だな

入浴評価でまた劇痛に襲われた。女性のリハビリがちゃんとしてないから痛くてじっとたってるのに、あっちは記録で精一杯だったようで、みていない。看護師さんに注射をお願いした、部屋に戻って点滴したけれどなかなか留置針が入らず、6回と4回とで合計10回目くらいでようやく挿入。腕が穴だらけ。けど右肘の辺りで微妙に入った、痛みはなんとかいまは消えた。4時のリハビリはなしにしよう。どうせ「患者さんのカルテ情報なんて読んでませんからわかりませんよ」と普通に話してくるひとだし、私が痛いことなんて構わない人なんだもの。頭くる。

 

4月8日

 今日は6:00にリドカイン注をした、いまは快適、このままリハビリまで持てばいいけど。痛みがないときにちょっと足を曲げてみたらやっぱりひともも右片側が突っ張って痛みが出た。ここの信号というか筋肉の繋ぎめが悪さをしているんだなとおもう、はやく痛みがなくならないかな、今日はすごい雨。

 付け根が痛いよやっぱり、じんじんじじん あーもう根こそぎもぎりとりたいくらい。なんで私がこんなめに会わないといけないの?だって悪いのはぜんぶ先生じゃん、最初から 問題の部分を見つけてたなら何とかするべきだったじゃん  ん ? まてよ よーく考えよう。残った 骨でカバーを作ったとしてもそのときの先生の知識じゃ、アロンアルファ何て言う発想はないから下手するととれているかもしれない。そうするとまた痛くなってきて おかしいと受診など始まるとまた病院を休んだり迷惑をかける。そもそもアロンアルファを知らないのが意味わからないし で、学会になんてもちろん登録すらしていないから、手術方法は 反対側の足の腸骨を持ってきて、つけるけど、それもまたとれる と そうなると、 また 痛みが出て 受診して とれてるのがわかって、そこでようやく 学会で 議題に上がる (うまくいって2018年2月) いろいろ会わせて考えると、納得はしていないけど、だんだん弱気になってしまいそう。

 点滴中にハビリやって来て、この痛みで普通にやろうとか言いってきた。電カルみてないからとんちんかんなことばかり話してきて、勉強不足。前のリハビリさんの方がよっぽどいろんなこと知ってたからといったら「えーそーなんすかー、同期だったけどそんなやつじゃなかったですけどぉ」だって、あいつ絶対に反省してない。リハビリ中に先生やって来て「電気の信号がいま活発に出てきてるんだとおもうんだけど」「 FNB もう一回やるか、リハビリできるようになるし 」「いまの点滴、外科で使うやつだからなあ せめて6時かんは開けてもらわないとな 」と言ってきて 月曜日 やることにした。

 やばい、もう生きていかれないかも、痛い、本気で死ぬかも。トイレにいけなくなってしまった。いまは尿器でやっととっている。なにをしても右足がつってしまう。膝の辺りや太ももが一度つったら1時間以上は続く。地獄だ。本当に地獄。あした一日の辛抱だけど大丈夫かな。

 

4月9日

排便でトイレに行って痙攣した。1時間の苦しみがまたもや襲ってきた。急いで点滴看護師さん呼んだけど15分後に到着、その頃すでに私は痛くて失神していた。これでも超特急だったんですと看護師、ちょっとこの人何年目か知らないけど遅い。デパスも飲んだし今日は雨降りベット上でずーっと過ごす。もう動くことはできない。この雨のなか自転車で来るあの子は本当にいい子だ 生んでよかった。心から思う 前から何度もひどいこと言ったことがあったけれど、ごめんね 本心じゃないんだよ そのときは じぶんのことで誠意一杯で辛いから 悪いことばをいってしまうんだよね あのこが大好き 勉強嫌いでも、部屋が汚くても 無精でも 太ってても いい子だ 誇りに思うよ。心から。ごめんね悪いお母さんでね。

 ほんとに何度も思うけどどうしてこうなったのだろう。ねっとでもいろいろしらべるけど

坐骨神経・大腿神経障害について

人工股関節置換術は、は下肢の知覚や運動をつかさどる神経(坐骨神経、大腿神経など)の近くで手術操作をします。
当然、これらの神経に障害を与えないように十分注意して行いますが、人工股関節置換術後に手術側の下肢、あるいはまれに反対側の下肢にも異常知覚や感覚低下、運動障害などの神経障害徴候が出る場合があります。
多くの場合は一過性ですが、回復までにある程度の時間がかかったり(6ヶ月ほど)、非常に稀ですが、完全に回復しない場合が(約0.25%)あります。
手術後、定期的に診察を行うことは、どんな小さな問題でも、早期に発見する為にはとても
重要ですので、人工関節置換術を受けられた方はかならず定期的に受診されることを勧めます。

だそうです。完全に回復しない場合はどうなるのですか?ねえ先生?

 

4月10日

きのう、点滴2回で終わった。トイレにいったときと。午後のリハビリで ケイレンを起こして。リハさんいわく、筋肉が固くなってないから痙攣してるわけじゃないらしいが私的にはケイレンのときの痛みとそっくりなんであえてそういってる。

いまは ズンズン と 鼠径部 への痛みがあって 太ももが ぴくぴくケイレン始まってきている。鼠径部の痛みとももの痛みが 合体してくると もう我慢できなくなってくる いま 点滴するか 迷ってるけど とっとく まだ あぶないから

 きょうはいたってゆっくりなリハビリでした、わたしがトイレにいこうとして痛みが増強して点滴を打ちました。鼠径部をマッサージすると痛みがすごくよくなる。

 やっぱり、ネットでは大腿神経麻痺は術中の医療ミスとあった。

 

大腿神経は第2~4腰神経から起始し,腸腰筋内を走行する.本症例は手術中に腸腰筋内を走行中の大腿神経が骨盤腔内で手術助手に開創鈎で間接的圧迫を受け,大腿神経麻痺をきたしたと考えられた.手術操作に起因すると考えられる術後大腿神経麻痺の発生率は,開腹手術で0.17%と報告されている1).術後大腿神経麻痺は鼠径ヘルニア修復術,人工股関節置換術,産婦人科手術に多く,虫垂切除術ではまれといわれている2).大腿神経麻痺の臨床所見としては,腸腰筋を走行中に大腿神経が障害を受けると大腿四頭筋,縫工筋,恥骨筋の麻痺から歩行時の膝崩れ(膝関節伸展不能),股関節屈曲力の減少と大腿前面から下腿内側の知覚障害および膝蓋腱反射の減弱もしくは消失が認められる3・4).確定診断を得るためには筋電図が必須であるが,通常は臨床所見と神経学検査で脊椎麻酔後の神経障害との鑑別診断が可能となる4).原因の鑑別診断として脊椎麻酔後では,穿刺針による神経障害5)や感染による神経障害6),脊髄梗塞7),―一過性の神経症状(TNS)8),脊髄硬膜外血腫9)を除外する必要がある.本症例では,腰椎MRIにて血腫,梗塞の存在が否定された.穿刺時および局所麻酔薬注入時に感覚異常を認めず,第2~4腰神経から出る神経根のうち大腿神経を構成する神経のみを穿刺針が障害したとは考えにくい.発熱もなく頸部硬直など髄膜炎を疑わせる症状は認められなかったことから髄膜炎やクモ膜炎は否定できる.脊椎麻酔後のTNSの発生率はリドカインに比べブビバカインでは非常に低い8).また,TNSが発生しやすい体位(切石位や足を屈曲する体位)ではなく8),症状が一側性であることから否定的と考えられた.筋電図において大腿神経支配の大腿長筋の低振幅を認めたことから大腿神経障害の存在を示唆している.以上述べてきたことにより本症例は腰筋内を走行中の大腿神経が開創鈎による間接的圧迫を受けたため,大腿神経麻痺をきたしたと推察できる.開創鈎による術後大腿神経麻痺は比較的予後は良いと報告されている4).われわれは本症例に対して,神経再生促進目的にビタミンB12,ステロイド,神経栄養血管の血流増加のためにプロスタグランジンE1の投与および硬膜外ブロック,筋萎縮防止のためのリハビリテーション,鎮痛薬としてNSAIDの投与を行った.このほかに,高酸素療法が神経再生促進に有効であるとの報告もある3).鈎による大腿神経麻痺は,脊椎麻酔後では脊椎麻酔による神経障害との鑑別が必要となる.また,術中は適正な体位を維持し術者や手術助手の開創鈎操作に十分注意する必要があると考えられた.文献

 

筋電図検査とは、簡単に言うと、筋肉の活動性を調べる検査です。
筋肉は神経の刺激を受けて働き(収縮)、体を支え、動かしています。筋肉の運動が弱くなると立ったり、座ったり、歩くことも困難になってきます。


この検査では、筋肉の異常が筋肉そのものによる病気(筋肉疾患)なのか、筋肉の働き具合(収縮性)によるものなのか、それとも神経から筋肉に刺激がうまく伝わらないため(神経疾患)なのかがわかります。主に、筋力低下や筋委縮などの症状があり、画像検査で診断がつかない場合に行わる検査です。

 

筋電図検査ってどこでやってるんだろう。

 

 

 

術後4週間めにはいるところで、FNBが効いていないかもと思い、痛くてリドカイン点滴を開始したところだった。ネット上で同じ悩みを持つ人のブログがないかと探し回ったり、先週に引き続き文献を探しては痛みをまぎらわしている。あまりの痛みでリドカイン点滴は1日の限度を越えそうになっていた。薬の指示が抜けていたと医師を恨んでみたり、花火のような激痛に死にたいと何度も思っている。感染予防からFNBを抜いてリドカイン点滴が命綱となってしまったがリドカインも効果がなくなってきてリハビリも続けられない状態となったところに薬剤師の「本当に痛いのか」という涙の質問をされた。なにも信じられずアロマ精油に頼ったり、電気毛布を始めたりしたが自分でやれることもためした。それでもトイレにいくことができなくなってきた。動くと痙攣したような痛みで1時間はその苦痛でうごけなくなる。理学療法士からは「それ痙攣じゃないですよ、筋肉繋がってないですもん」と言われショックに打ちのめされ、こころをズタズタにされてしまった。運よくその理学療法士は5月で転勤してくれてほっとしたが、リハビリは難しくやはりFNBは再開しようということになった。内服薬での痛みのコントロールができておらず本当に日々つらい思いをしている。もう少しなんとかならなかったのかと感じてしまう。

 

 

 

③3月20日~3月31日(術後2週間~3週間)

過去の日記の続き①②③④⑤の③

 

3月20日

今日は、痛くて眠れないのに痛み止めの医師指示が入ってないなんて、この間あったとき医師指示は書き直してくれたって、言ってたよ。絶対日記に残ってるはず。もうこのまま起床する。あー地獄みたい。

 

今日は面会が多かった。自治会の人たち、家族と父母。10人も。
リハでは、膝立ちができるようになったけど太股の真ん中が痛くて涙が出た。みんな私の足を気にしてくれて、きてくれるだけでとてもうれしかったな。でも痛みを我慢した顔していたかも。

アロマを持ってきてくれてクリームつくって塗ってみたからか、神経がバンバン目覚めていく感じがした。今日はいい日でした。

そういえば、さっき、先生がきて ごめん、指示俺だしてなかったね、どうしたい?などと聞かれた。痛かったとこたえたけど、患者さんがどんな気持ちで痛かったのかその指示を待っていたかをどこまでわかってるんだろう。と、いろんな方法で痛みをまぎらわしたけどl夜まで間に合ってよかった。

 

今さらだけど、手術内容についてかんがえる。
同意書によれば、
①stem(大腿骨)を入れ換えて足を短くすることで腸腰筋の緊張を減少します。
※実際短くできなかったので今後どうなるでしょうか?
②ポリエチレンを使って露出部をおおいます。部分的に腸骨で覆います
※Q1 腸骨でおおったのか?
次回先生に聞いてみる。あと、
※Q2 左側の画像がとても悪く見えたのですがあとどのくらい持つものでしょうか?とも聞きたい。

 

3月13日から始まったリリカ、17日から2錠になって19日から3錠になった。今日は本当にびりびり、ぴりぴり痛すぎる。ベットに横になると 痛みがひどい。
車イスに座っているほうが電気刺激が少ない感じがする。
神経が治ってきていることはわかってるけれどこれじゃ辛すぎる。いつまでこんな痛みに耐えないといけないんだろう
もういや、早いけどリリカのんだ。少しいいみたい。
リリカは最初は1日2錠から初めて1週間かけて400mg増量可能、ただしやめるときも1週間かけて減量すること。体重増加に注意すること、眠気にも注意だそう。
いまのところいい具合で増量してるから、明後日くらいから4錠にしてもらおう 300mgだから上限の400mg越えないし。


◆神経性疼痛のメカニズムと『リリカ®』の作用機序

神経性疼痛の多くは神経が過剰に興奮した結果、様々な神経伝達物質が過剰に放出されることによって生じるとされています。

神経の興奮が起こる因子となる一つにCa2+(カルシウムイオン)があります。Ca2+はCa2+チャネルという通り道から神経前シナプス内へ流入することにより、神経が興奮し様々な神経伝達物質が過剰に放出され、疼痛が引き起こされるのです。
『リリカ®』の主成分であるプレガバリンはCa2+チャネルのα2δサブユニットという部位に結合します。すると神経細胞でのCa2+チャネルの細胞表面での発現量やCa2+の流入が低下し、神経伝達物質の放出が抑えられます。

この結果、鎮痛作用があらわれ神経性の痛みを和らげる効果が期待できます。

またプレガバリンの鎮痛作用には中枢にある鎮痛機構の「下行性疼痛抑制(調節)系」に対しての作用も関係しているとされています。1) 

 

 

3月21日

 夕べも眠れなかった、けど一昨日よりは眠れた。ひざ周りのぴりぴり、太股のびりびり 股の筋肉痛のようなわからない痛み
寝返りが打てないから腰もいたいし、カルシウムでもとったらよくなるかしら、余計ひどくなるか。痛いのはいやだ。余計なことはしないで薬に頼るしかないかな。

 

3月22日

前から膀胱炎みたいだったのが今夜とうとう膀胱炎発症。いまナースステーションで採尿。真っ赤か。ぎゃー写真を撮って電ルに残したあしたの朝にならないと抗生物質はだせないからそれまでお水どんどんのんでおしっこ出したいと思います。

最悪です、お腹痛い、あしがしびれる、あしが痛い

ネットで調べた。

 

 

 

神経線維が損傷されたりすると、神経線維の髄鞘が失われること(脱髄)があります。すると、神経線維の絶縁が不十分となります。そして、2本以上の神経線維において、絶縁の不十分な部分同士が接触することがあります。この接触する部分を、エファプスといいます。


髄鞘とは、シュワン細胞という細胞の細胞膜が、軸索に幾重にも巻き付いたものです。このような構造をした神経線維を、有髄線維といい、Aδ線維などがこれにあたります。髄鞘は電気的に絶縁されています。有髄線維は、1~2mmごとに髄鞘の区切りの切れ目があり、その部分は細胞膜が露出しており、電気的な絶縁はありません。一方、髄鞘が存在しない神経線維を、無髄線維といい、C線維がこれにあたります。無髄線維は、1個のシュワン細胞が、一重に複数の軸索を取り囲んでいます。


つまり、エファプスとは、正常なシナプス以外の場所で、2本以上の神経線維が電気信号を交換する場所のことです。エファプスは、ギリシャ語で“接触”という意味です。


エファプスが形成されると、刺激によって生じた興奮が、本来伝わっていく神経以外の神経にも伝わっていくことになります。このような現象は、クロストークとよばれています。


クロストークとは、元々は電話に関して使われている用語で、電話回線が混線して、知らない人の会話が聞こえてくるような状態のことです。


つまり、エファプスが形成されることにより、クロストークが生じます。クロストークが生じると、一つの神経を伝わってきた興奮が、複数の神経に伝わって同期的増幅を起こし、感作を引き起こします。


クロストークは、異なった種の神経との間でも生じます。例えば、触覚を伝える神経と、『痛み』を伝える神経との間にクロストークが生じると、「触っただけでも痛い」というアロディニア(症状による分類【痛みの分類②】参照)が生じます。


②異所性興奮

神経を伝わる痛み刺激の興奮は、通常、侵害受容器で発生しますが、侵害受容器以外のところから発生する興奮を、異所性興奮といいます。異所性興奮は、末梢神経で生じ、切断された後に再生中の神経線維の先端、神経腫、脱髄部、損傷された神経の細胞体で生じます。


末梢神経が切断や損傷されると、その断端から新たな神経線維が伸びていき、神経線維の再生が行われますが、軸索の再生が髄鞘の再生に先行するため、新たな神経線維の先端は、軸索が髄鞘に覆われておらず、むき出しの状態となっています。このため、新たな神経線維の先端は、機械的刺激に対して興奮しやすくなっており、異所性興奮が発生するところとなります。


ちなみに、神経線維が再生しているときに、神経線維に沿って中枢から末梢に向かってハンマーなどで軽く叩いていくと、神経線維の先端にさしかかったときに“ジンジン、ビリビリ”する感覚が起こります。これをティネル徴候といいますが、この現象を調べることで、神経線維がどの辺りまで再生されているかが分かります。


神経腫とは、切断された神経線維の再生過程が障害されて、シュワン細胞や結合組織と軸索が一緒になって、玉のようになったものです。神経腫は、機械的刺激に対して興奮しやすくなっており、異所性興奮が発生するところとなります。


再生神経線維の先端、神経腫、脱髄部、損傷された神経の細胞体は、イオンチャネルや受容体が発現することがあります。そのイオンチャネルが自発的に興奮したり、その受容体に機械的刺激が加わったりすると、異所性興奮が発生することになります。


イオンチャネルは、細胞の膜に存在する、イオンを透過させるタンパク質です。イオンチャネルで、細胞内へのイオンの流出入が行われると、活動電位(興奮)が生じることになります 


以上のように、神経線維が損傷されたり切断されたりすると、そこから痛み刺激を受け取って興奮が伝わったり、刺激とは関係なく興奮が生じて伝わったりして、『痛み』の感作が生じる

 

痛いから意味が良くわからないけど、もう痛くて、神経細胞のことだけの記事ばっかり日記にいれてる、これじゃあ日記じゃなくてメモみたいな感じだ。ちんちん、ちくちく股の真ん中がいたくて膝はピンピンぴりぴりって熱くて膝だけ熱さを感じる。中枢からも軸策がに延びていくみたい、髄梢に守られてないから痛いのか?できょうから全身延びをしたりストレッチをしている。体重52.89kg 薬のせいで体重が増えたのかも。50kg調度くらいだったのに。リリカはみくみがつよくでるそうだ。

 膀胱炎の薬は夜にきた。もうすっかり水のんで流しておしっこは肉眼的な出血はなくなったけど、遅すぎるよね。丸一日たってるじゃん。

 

3月23日

 

あさから痛い、けどがんばって車イスにのってDルームにいつもの人と昔の池袋話になったロサ会館は面白かった。人と話をしているときの痛みは感じにくい、帰ってきて足首ジーンジーンと反応してきた、いまは一番大事ときなのかもしれない。がまんがまん。

 

3月24日

 

夕べはまた痛みで点滴までしてしまった。いつも必ず夜中の2時30分ころ、前のおばあちゃんがカーテンを開けて出ていくシャーって音で起きる。この痛みってなんだろう、鼠径部の痛みってなんだろう。鼠径部が痛くなると腰までいたくなるし、いつまでがまんしなくてはいけないの???死んでしまう方がいいかもと今日もまた思ってしまった。昼はがまんできるのに。

今日、先生に聞くことをまとめた。

痛みの本当の原因 何をどういじっていたいのか おしえてもらう。

また調べてみた 

【大腿神経痛とは】

大腿神経痛とは、腰神経叢の中の主に第4腰椎から下肢に伸びる大腿神経という神経が刺激を受けることでしびれや痛みを生じる神経痛です。大腿神経は腰椎を出て鼠径部(太ももの付け根)から太ももの前面や側面を通る神経で、腰椎や鼠径部での圧迫が原因でこの神経の支配域に症状が現れるのが大腿神経痛です。

【大腿神経痛の治療】

大腿神経痛の治療としては、神経痛の元となっている腰の病気をしっかりと治すことが必要となります。根本的な病気の治療と同時に、痛みに対しては痛み止めや神経ブロックを行い、姿勢の改善や肥満の解消など日常生活の中でも対策を行うことも重要です。こうして神経を圧迫する原因を改善すれば、症状は次第に治まっていきます。神経痛は一時的な物を除くと、長い時間をかけてゆっくりと治す病気なので、治療には根気強さも必要となります。

 

対症療法ではない! 神経ブロック注射の効果
注入された局所麻酔薬は、痛み部位の筋肉をほぐし、血流を改善させます。結果、広がった血管を通して酸素やたんぱく質などの栄養を痛い場所に効率よく運ぶことができ、痛んだ神経や筋肉を効果的に、自然に治癒するより早く回復させることが可能です。ブロック治療とは単なる対症療法ではなく、自分で自分の痛い場所を治そうとする、人間の持つ自然治癒力をサポートすることで、治癒能力をアップさせる画期的な治療方法といえるでしょう。また、薬物療法などに比べて、痛みの部位に限局して高い効果を示すため、全身への影響が少ないという利点もあります。

ブロック注射治療は、手術治療と薬治療の中間的な位置づけです。薬を飲み続けても痛みが改善しない場合に、積極的な痛み治療として効果を発揮します。痛みは、安静や薬物療法から、コルセットなどの装具療法、そしてブロック治療や手術療法まで、多角的に治療することで、より高い治療効果を目指すことが大切なのです。

ブロック治療には、頭から足の先の病気まで対応する、さまざまな方法があります。

ここでは、ペインクリニック科が行う、主な2つのブロック注射治療について、詳しくご説明しましょう。一つは頭から首、肩など上半身全体に適応症が広い「星状神経節ブロック(せいじょうしんけいせつぶろっく)」について、そして、もう一つは、腰から足先まで下半身の病気に適応される「腰部硬膜外神経ブロック(ようぶこうまくがいしんけいぶろっく)」です。

いずれも入院の必要はなく、外来で行われるブロック注射治療です。

 

 今日は風呂の日、気持ちよかった。入浴中だと痛みが和らぐ。いまはまた痛みとの戦いになってきた、さっき薬のんだばかりだけど勝手に薬のみたい気分です。とにかくい痛い、なにもしてないのに痛い、特に足の付け根がなんとも表現できない。筋がというか鼠径部全体が雑巾のようにぎゅっと絞られている感じで、少してを休めることがあるんだけれど、すぐまたしぼられる、まるで大晦日の縁側の掃除みたいな感じ。この痛みいつまで続くの?夕べも痛くて点滴をいてもらった。なんかよくなるどころかちょっとづつ悪くなっている感じがする。お風呂はいったら後特に痛い。ブロック注射してもらいたいよ。

 また調べたねっとで

 

ブロック注射はパソコンの再起動のようなもので脳へ送る痛みの興奮をいったんシャットダウンさせると、痛みを取り巻く環境がクールダウンて麻酔から覚めた(再起動した)後も、「痛みを認識しにくい」「記憶を思い出しにくい」環境になるようです。 それと同時に、ブロック注射には自律神経の失調(血液の循環が悪い、足先が冷たいなど)を正常化させる作用があります。 そのため、局所麻酔薬が切れた後にも除痛効果が継続するものと考えらる。

 

さっき、泣いてしまった。久々じぶんの昔話を患者さんで60代のおばさんにきいてもらった、そのひとは子供がいないので子育てはわからないと話していたけどとてもいい感じのかたで話の引き出しかたがうまいひと、わたしもそうなりたい。最近すぐに涙が出てしまう。なんでわたしばっかりこんな痛い目に遭わされるのだろうと思うと悔しくて悔しくて痛くて痛くて、限界だと頭の脳みそが呟き始めているよう。

 

3月25日

 

夕べ、先生がきたとき 痛みマックスでボロボロと泣いてしまった。先生もどうしたらいいのって顔でうろたえていた。結局痛みに関してはデパス追加のトラムセットは倍増量となった。でも ボル座は使ったほうが、よく眠れたと思う。朝はトラムセット追加して2錠飲んでみた、今日はリハさん休みなのでよかった。

 

いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい
もう、死んでもいい生きてるのもつらい。薬も一杯飲んでる、とらまーるも飲んでるけど、夕方この時間から死ぬ。
昼間はなんとか大丈夫だけれど、もう限界。死んでもいいですか?

 

さっきは本気で死のうと思った。いまはボルタレンで落ち着いた、一日車イスに乗ってると、こうなる気がする。あしたはリハビリ休んでベット上安静をしてみる。休んでいいってリハビリさん許してくれるだろうか?とにかく急場は逸した。食事食べずに下げてしまったので、隣の方から「かわいそうでみてられなかったよ」とチーズデニッシュをいただいて食べながら日記してるところ。よかった日記かけるだけでも。デパスは1mgに増量してもらえるようたのんだ。

 

3月26日

 

やっぱり、疼痛コントロールが不足していたから、昨日は死ぬかと思った。いまは快適なくらい。ぴりぴりはもう慣れたけれど鼠径部の痛みが強かった。今回変わったレシピは
1トラムセット1錠→2錠へ(昼は1錠)
2デパスを導入 わたしは0.5mgを2錠のむ
3ボルタレン座薬25mg→50mg 1日 4回 0時6時12時18時
ボルタレンが一番きいていると思う。
良かった。これでしばらくは耐えられる。
以外とデパスも効いてるかも
久しぶりにゆっくりと日記が書けている気がする。

 

 

3月27日

今日は疼痛コントロールがよく効いていたのかなとおもう、今日は座薬を使っていないしちゃんとリハビリで立てる動かせた。痛いけどがまんできるのにできるようになった。昨日までがあんなにいたかったのに。
あと股関節の付け根を曲げないように必死に真っ直ぐにしている。一番効果あるみたいもう3週間だから中枢側の軸策も 芽を出し始めたのでしょうか。

 

3月28日(FNB初回開始日4月4日まで)

夕べ就寝前に転んで関節が一回外れたと思った、もとにも戻ったみたいだけど、戦慄の激痛。この世の痛みとは思えないほどの痛み。先生にも連絡したけれどちょうど月曜日だったので先生がいてくれた、レントゲンでは脱臼はしていないと話にきた。レントゲン技師さんは知ってる人ではずかしかった。麻痺さえしてなかったらこんな風にならなかったのに、勝手に向こう側に落ちていった右足のせい、すべて麻痺したせい。もう許せない。なんで麻痺させたの?治らなかったらどうするの、この先いったいどうすればいいの、責任とってもらえるの?一度ちゃんと話し合いをしたい。今日ブロック注射だって効果あるのかどうか、逆に麻痺が重くなるのではないか心配。

 

さっき、先生にブロック注射をしてもらった。ふとももの感覚がなくなって最初の頃のナイフで突き刺されてもなにも感じないような感覚に戻ったみたい。心配。こわいよなんだか。先生に聞いたら神経はちゃんと延びていくし局所麻酔だから大丈夫だそう、ほっとした。

 

大腿神経ブロック  FNB (Femoral Nerve Block)
をしたので今日は車イス黄色

 

3月29日

FNB(PCA) をしてから毎日眠たい。朝からがんがんワンショットしすぎている。でもボルタレンしないぶんいいかも。はやくよくなりたい、痛みもとれたらもっともっとリハビリも頑張るのに。

 

FNBのお陰でかなり痛みがよくなっている。電気信号はあちこちっぴりぴりあるけれど、鼠径部の痛みが半減した。今日の夜はゆっくり寝れそう。ただし前の患者さんが物音たてないでトイレにいってくれればの話だけれど。おきたらまたワンショットすればいいし、眠剤をのんでねればいいか。なんか鼠径部のところからぞわぞわとへんな感じの痛みというかびりびり感が出始めてきた。いい兆候だとおもうけど、なんというか気持ち悪い痛みでざわざわ痛いっていうか、表現できないような気持ち、あーいやなかんじ、でもすぐ終わる。この治療は1週間でやめるそうです。その後は痛くならなくなるといってるけど先生を信じよう。

 

3月30日

やっぱり、夜はいたくね眠れなかった。何回もFBNをプッシュしても効かなくて、ボルタレンとトラムセットをのんだ。やっときいた。今回はひざのまわりがずんずんいたくて、辛かった。便がでないからまた、浣腸やるかなーさっき着替えしたら足の色がすごくてこの色の違いはなんだろう。不気味なくらい紫色の太もも。こわい。

 

3月31日

 

痛いな、あさ、起きた瞬間から激痛に近い痛み、特にもも、膝の上がヒリヒリと痛む。でも一番痛いのはやっぱり鼠径部のももの付け死ぬほど痛い。ボルタレンが効いていたのかな寝れたけれど、いまは激痛、いたいいたいFNBなぜか効かないじゃない。二日も持たなかった。先生に訴えてみる。

トラムセット2錠でⅠ時間。やっと効果でてきた。よかった。

今日も痛い。FNB効果あるようなないような、やってもふとももの麻痺がひどくなるだけで付け根の痛みはよくならないし、かといってリドカインの点滴も怖い気がする。トラムセット2錠が一番いいような気もするし、脳が一度痛いと記憶している以上痛みのもとがなくならない限り痛みはなくならないような気がする。どうしたらいいのか先生に身を任せていいものなのか私このままではきっと医者に殺される気がする。自分が考えないといけない殺されないために。

 

さっき死ぬほど痛くて冷や汗をかいた。浣腸後だったかもしれないけれど、ももに強烈しびれがきて足が急に浮腫んだようにパンパンで、アナペインが空っぽになっていて引圧になって痛いのではないかとクリップかけてとめた。看護師はいくら訴えても先生が捕まらないとすっとぼけるだけ、いくら訴えてもそれで逃げる。患者の気持ちがわかったよ。本当の意味で、患者はつらいよ。でも自分の体自分で守るしかない。

 

さすが次期主任、副主任に訴えるのが一番、
結局問い合わせてくれて、先生が今日は我慢して続けて、あした抜こうといってくれたらしい。結局FNBより、いたみはやっぱり ボル座とトラムセットが一番いいとおもう、このままトラムセットとボル座で様子見ていけばいいかも リドカインの点滴は怖いしやめたいな。薬価1680円とお高いし、医療費がもったいないと思う。

 

とうとういまからリドカインの点滴を点滴します、死んだらどうしよう。大丈夫かな?先生、すごい効果でるって言ったので、大丈夫だとおもう。19:40 点滴実施。今のところ 変化なし 、痛み消えている気がする。18:30に内服のんじゃったからどっちがきいているのかわからないけれど、今は鼠径部の痛みは微かに感じるだけ。これ、本当に効くのかもしれない。2%キシロカイン(リドカイン)5ml と 生食100ml 30分で 滴下しているところです。

 

 

日記を読み返しての感想

 

手術後2週間目から3週間目のところで、痛みが耐えられなくなってきている。痺れとかではなく、痛くてどうしようもない状態で、いろいろインターネットでも検索しては自分を納得させていることが日記でわかる。内服薬ではどうしようもなく痛い痛いと訴え続けようやくFNB(PCAシステム)で持続しながらアナペインという麻酔薬による疼痛コントロールを開始し始めた。しかし、3日くらいで痛みがコントロールできず、痛くて結局、ボルタレン座薬も使って落ち着かせた。何度も思うが、もっと早い時点で、メキシチールなどの内服薬やリドカイン点滴が開始できなかったのか悔やまれる。点滴はやっと3月31日に開始した、どれだけ長く痛め付けるのか、私自身リドカイン点滴については知識も少なくこわいと勘違いしていたが、整形医師すら僕も知らなかったんだよこれが効くなんて、と言う。ペインコントロールの医師がこのリドカイン点滴は良く聞くからね言われようやく開始した。心のなかでだったらもっとはやくやれよと怒りに満ち溢れていた。痛みによって精神的に弱ってきているにも関わらす、対応がのんびりしすぎている。わたしが実験台でよかったが、これからはこんな辛い思いをさせないでほしい。精神が崩壊すると思います。できれば早期にリドカイン点滴やFNB持続PCA管理をメキシレチン、リボトリールサインバルタなどを開始しなくてはいけないと思う。犠牲者が私でよかった。

 

 

転んで膝裏にアザ

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装具をつけたまま転んでしまって、そのまま膝がおれてしまったので、装具を思いっきりはさんだらこんなアザがいつのまにかできてました。Kneehab®️XPをしてみようとおもい判明。お風呂や洗顔もそうだけど、毎日なにかを続けることって体の異常を見つけるには大事なことなんだなと思いました。

 

変化の気付きで言えば、昨日からサインバルタが朝晩となりました。今日のあさはしびれで起きれないってこともなく、普通に起きれました。速効性がないのでたまたま、だと思いますが、人は思ったもん勝ち。信じるものは救われる。言い聞かせるようにきょうは過ごしたいと思います。

 

いよいよあさって、退院です。残り少ない下書きを今日は誤字脱字をチェックして更新したいと思います。

 

②3月15日~3月19日(術後1週間)

3月15日

いま、点滴を打っている、アセトアミノフェンです。当直の先生が出してくれました。1時頃から何をしててもどんな体位を変えても股関節中心部がじんじんとワンワンとゴムのとんかちで叩かれている感じ。昼は我慢できるのに。今は無理。100mlを30分かけてもうすぐ終わりそう、少し効果出てきたみたい。

 

とうとう寝れずあさを迎えた。何が痛いかって言うと、術後すぐに痛かった股関節の中心がズンズンズンズン痛むい。柔らかいカンナととんかちで削られているような。アセリオも効かなかった。いま車イスでニードルつけて30分、少しだけ痛み落ち着いた。自分で持参してきたトラマールも飲んで少し落ち着いた。

 

アロンアルファでつけたところが痛いのか、神経再生の痛みか、なんだかわからない。そういえば先生、医療用のアロンアルファはないとか言ってたけど、わたしが内視鏡ではあるって言ったら、当日になってやっぱりあったので使いますって言った、手術当日に説明された。そんなことするんだよ。おかしいよ。前の日にないって言ったのに当日あったから使いますって。医療用のアロンアルファくらい一般人でもあるの知ってるのに。疑いだしたらきりがない。しっかりとつけてもらったならそれでいいけど、急に手術方法を変えたりするなんて、いい加減な手術をしたのではないかと一般人なら考える。毎日痛くて痛くてまともな神経になれないかもしれないけれどそんな風に考えておかしくないと思っている。

 

今回の経緯について改めて思い返してみると、術前にあった合併症についての同意書の中に、足の麻痺のことはありませんでした。ましてや歩けなくなるなどと言う説明もなかった。ただ神経の多いところだから傷つけることはあると話はしていた。初めての手術で予想ができなかったのもあると思うが、それにしても悔しい、痛いし、辛い。悔しいとなおさら痛みが強くなるし、こんなことになるなら手術はしなきゃよかった。入院前日にいったん手術に不安がでて主人が電話をして入院を取り止めたいと連絡した。あの時に本当にいかなければよかった。入院の説得に応じなければよかった。そんなこと考えると、頭にきてストレスで耐えられなくなって死にたくなる。誰のしわざ?こんなに痛くされてゆるせない。もうつらい。死ぬなら先生の目の前で死んでやるから。

 


【いま辛いこと】
痛くてほとんど眠れない
ひざからガクッとおれてしまい本当に危険、恐怖、怖い、不安
ベット移動、トイレ移動、なにもできない
ももの感覚が全くないが、マッサージをすると中心の筋肉痛か骨のようなものがあってそれも痛い。
立ち上がることができず太ももに力が入らず、ひざを曲げたまま踏ん張れない。
先生には「ゆっくり治すしかないな」と言われましたが、具体的な対応は何もなし。
【よくなっていること】
入院している1週間でベットから車イスに麻痺したあしを手でもってなんとか移乗できるようになった
特に膝の辺りの感覚があり、びりびりと始終電気が走ってきている
ももの奥の方に痛みがあり、ももに財布など軽いものを落とすと激痛が走る
【これから不安なこと】
この激痛は何ヵ月でよくなっていくのか目安でもいいから知りたい
そもそもいったい何が原因か、どの部分を損傷してこうなったのか
(鼠径靭帯損傷か大腿神経そのものか)
何年か後もしびれることはあるか
仕事復帰のめやすは
わたしの手術はまれなことでもこの神経麻痺は症例があるはず
今後のことでできるだけくわしく知りたい
傷の癒着は大丈夫か、腸が突っ張る、痛い、癒着シートと言うものは使ったか?

昨夜は本当に辛くて眠れなかった。寝る前にボル座にアセトンにまたボル坐、トラムセットにトラマールもかじった。やるだけやってしまった。どんだけ痛み止めを飲めば痛みがなくるの?全然痛みが収まらず今夜もそうなるかとおもうと泣きそう。よる先生が来て 「痛みすごいんだって リハビリは うーん とにかく ゆっくりと」 と 緊急時の痛み止の処方を出したといいに来た。土日以外毎日顔を出してくれているが具体策は提言してくれない。

直接先生がリハビリに言わないから、リハビリが手加減しないで痛いのにどんどんやらせようとする。それもまたおかしい話だよ。前回も骨がむき出しのままなのに、CTで判明するまで痛いって訴えてるのに、寝ながら足を上げさせられたんだから。

そんなこと思い出したら悔しくて悔しくて何を信じたらいいのかもわからなくなる。たすけてー。

 

3月16日

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やっぱり今朝も4時頃から痛みだしてボルタレンいれた。でもトラマール噛んで起床にした、痛みよくなった。昨日から尿器でとるようにして動かずトイレに行かないようにした。やっぱり安静がいいのかも。痛みがあるのはリハビリするからだし、もう少ししてからリハビリ頑張ろうと思う。

足のしびれがだんだん強くなってきている。しびれはがまんできるんだけど、痛いのはがまんできない。よるになると痛い。足のつけねのカップの穴を埋めた場所。まだしょうがないのかな。足の太さもいまは変わらなくなってきた。

いま、整形外科師長が挨拶に来た。神経麻痺のことはあまりよくわかってなかったようで、説明した。痛みについてすごく心配していた。アセリオは効果ない、もってⅠ、2時間ボルタレンは2時間くらいと話した。  話をいちいち最初からしなくてはいけないなんて辛いところになんで、ちゃんと他の人たちも情報をとってこないのだろう。

わたしは、

人股関節の手術をしましたが、人工カップが露出し痛みが生じたため半年後にカップを埋める8時間に及ぶ再手術をしました。その際、大腿神経の損傷があり右足が麻痺して歩けない状態です、術後まだ1週間が過ぎたところですが、歩行訓練どころか完全麻痺でだらりとした状態です。

毎日必死に痛みと戦っていますが医師からは「あと2週間くらいで方向性を決める、おそらくながくかかる」とのことでなにも説明はありません。とても心配です まだ40代これからもビシビシお仕事に専念するためにあえて受けた手術なのに、どうしてこんなことになっているのか理解できません。

こんなことになって病院はこんごなにをしてくれますか?

 

3月17日

夕べは痛み自制内で我慢できてさっき起床した。周りの患者さんももう起きている。お腹がいたくて薬のもうか考え中。もう少し我慢してみようと思う。今日はこどもがきてお洗濯してもらったりいろいろやってもらう。よかった息子がいて。

手術の傷について調べたら

手術をした箇所の縫い合わせ箇所(傷口の部分)は固くなります。
通常手術後半年くらいまでは赤みがあり、その後赤みがなくなっていくのです。
これは自然な事で、瘢痕(はんこん)と呼ばれています。
手術や切開などで皮下組織の深層に傷が付くと、出来るだけはやく皮膚を保護しようとする身体の働きがあります。
この働きにより、新しい組織が形成されます。その新しい組織のその上に通常の皮膚が形成される為にその部分は通常の皮膚よりも固い皮膚になってしまいます。これは人間の身体の治癒作用の働きであり、「瘢痕治癒」と医学界では言われているものです。残念ながら、通常の医者ではこの瘢痕を治す事は出来ないと言われます。
生活に支障があるわけでも病気でもなく治癒としての活動なので、目立たなくしたい、柔らかく元の皮膚にしたいというならば、手術した担当医ではなくて、美容関係の医者がいる美容外科や美容クリニックに相談するのが良いでしょう。
通常ではこの瘢痕治癒が見られるという事は医学界では成功した手術の証になるわけです。
この瘢痕部分が赤くなったり、膨らみが出てきたり、痛みやかゆみを生じる時は肥厚性瘢痕と言われるケロイドの兄弟のような病気なので皮膚科等に相談してください。

今日は本当に全身がいたい、もう身もだえるくらい痛い、このままどっかから飛び降りたらいたくないかもとかも
思うけどそれはできない。死にたいくらい痛いのに

今夜は眠剤も飲んだし、寝ます。膝のピリピリが太股真ん中くらいに延びてきた。いたくて涙が出ている。
波は去ったので今のうち日記つけて寝ます。明日先生にリリカ 朝も出してもらおうかな
電気信号ばりばり出ている 

 

3月18日

今日は初めてお昼寝をしてしまった。その間にお見舞いが来るなんて、お兄ちゃんも午後きてさっきまで話してしまった。痛みは変わらず、じんじん、ぴりぴりの繰り返し。ときどきいやになって死にたくなる。でもがまん、神経ががんばって成長してきているんだもの。一生この痛みが終わらない訳じゃないし、お兄ちゃんといろいろ話してたら(話しすぎ)スッキリした。ついでに写真もスッキリ削除してしまった。DCIMのホルダを長押ししてマウント解除したらスッキリ削除でした。(T^T)もうこりた。無料ソフト使って一部は回復したけど。

あーいたくて眠れない、ほんとずっとぴりぴりだもん、いま座薬もらった

 

3月19日

痛くて毎日4時には起きてしまう、つらい、足の付け根が痛くてじんじんぎんぎんぴりぴりぐっっさりとした痛み、足を伸ばしても曲げても痛い、もう眠たいのに痛くて眠れない、眠剤きいてもうろうとしてるのに、あーあいつまでがまんしなきゃいけないんだろう、わたし。もういやだ、

もう。きょうは死ぬ。痛すぎる。鼠径部がいたい。たすけて。神経伝達物質が出すぎ。アドレナリン、ノルアドレナリンとかCa+2とかよくわからないけれど、痛いのは確実、何かしてないといたくてしょうがないから日記を書いてます。あーいたいいたいいたい。
太股に小さな糸ミミズのようなムカデのようなものが20匹ぐらい這い回っているような痛さ。痛いよー。

 

先程先生から二人で手術説明と今後の見通し、神経回復に3週間から半年かかることがあるそれから筋肉をトレーニングするので時間がかなりかかると話された。医師の説明内容を下記に要約する。


①前回の手術でノミかなにかで穴を開けた感じがある
②前回の手術で神経をいじって癒着のようにくっついたとおもうので今回も長くかかった
腸腰筋が強く張っていて指をいれると痛いくらいだったので、もしかすると被せたものがどうなるかわからず難しいかもしれないが、たぶん大丈夫です。
④手術で神経 大腿神経をいじったので麻痺が残っています
腸腰筋が強く欠損部分に強く当たってましたから、よっぽど痛かったと思いますが、今回の材料で覆ってビスで5箇所止めてあるので大丈夫だと思います。
⑥足の長さは0,4cmくらいしか低くできなかった。脱臼してしまう。段差は解消できなかったので申し訳ない。
⑦神経は時間がかかるのでどのくらいで治るとかはいえない
⑧絶対に目に見える大きな神経に傷はつけてないから大丈夫ですがただ時間がかかります。痛みのコントロールがついてから回復病棟になります。
以上の内容を話されても、夫は納得はしていない。かなり怒っているし、死んでも許さないといっている。とにかくこの病院がわたしを見捨てることさえなければ大丈夫。不安は一杯だけど。 

 

 

 術後1週間~2週間頃にはすでに神経信号のぴりぴりの他に、しびれが始まってきている。じりじりとかずんずんとかいろんな表現のしかたをしていて、リリカをのみ始めた。でも痛みのコントロールはできておらず、痛みで死にたいと呟く毎日。痛くて眠剤も効果なく眠れずに、本当に究極の地獄の世界にいたことがわかる。

本当に悔しくて読んでいても涙がでてしまう。

もっとはやくこの時点でFNBをやれなかったのかも悔やまれる。

 

①3月10日~3月14日(術後3日~)

はてなブログを始める(4月21日)以前にも日記をつけていたので、まとめた。

 

3月10日(術後3日め)

今日は3月10日金曜日、手術後初めて車椅子に移動した。ものすごい痛かった。右足の前面全体に力が入らず麻痺している。膝が勝手に曲がってしまった。なにも感覚がない。昨日母親とお嫁さんが来てくれたけど、記憶がほとんどない、何をしゃべったのかも、とにかく帰ってほしくてしかたがなかった、体の中身から異常な神経のうずき?が走ってきては勝手に身を震わせる、恐ろしい感覚で意味がわからない、心臓が止まりそうな感覚が理解できない。今日夜になって先生がまた来る時に話しても。まあゆっくり安静にしながら動かしてけばいいよって言うだろうな。バルーンがまだ取れないので早く1人でおしっこに行きたい。リハビリさんは痛いと言っているのにとても厳しいけれど頑張ります。

なんで私ばっかりこんな目にあってるのかな悲しい。辛いもう死んでもいいかなと思う。痛くて痛くてもう我慢できない今ボルタレン座薬入れてもらいました、あと何ヶ月痛い思いをしなきゃいけないのでしょうかもう死にたいです。リハビリも続けていく自信がありませんもう年なので回復力も遅いし毎日痛くて我慢できません。

 

3月11日(術後4日め)

昨日の夜はもうこのまま死んでもいいやと思って寝ました。ボル座が効果あり今夜も使うと思います。
朝に先生がリハビリで起立したところに来て、痛くて「もう死んだ方がいいです」といったら「まーあせらずゆっくりだよ」と励まされた。太ももにピリピリとわずかながらの神経感が戻ってきたみたいで、太ももつけねは激痛だけど、神経のピリピリがでてちょっとだけほっとした。浣腸して出したし、夜のアイス頼んだからまちどおしい。

 

3月12日(術後5日め)

ー昨日の夜は足がものすごく痛くて眠れませんでした。夜中に足を折り曲げて横にして眠れました朝も痛いです。とにかく痛い。こんな痛い思いするならもう死にたい。我慢できない痛みで朝から看護師さんを呼んでしまった。あまりの激痛で2時間しか寝てない。ボルタレンやって今は朝の4時半。足がもうピリピリピリピリ神経が痛いのと足の付け根が痛いのともう我慢できない。この世のものとは思えない痛み。助けて。地獄の痛み。足をやっと曲げてクッションを入れたら楽になった。

夜になるとお腹が急に痛くなって絞られるようになります間欠痛で排便2回出て腸閉塞ではなさそうですお腹が痛くなると涙が出てくるほど全身が痛くなる。右足の大腿神経麻痺がひどくトイレに行くのも車椅子で移動するのもベッドで移動するのも全て看護師さんの手が必要です。看護師さんの仕事って本当に大変だなとつくづく感じています、昨日より今日。今日より明日、だんだん痛みが徐々になくなっていけばいいと思います。足の神経も時々ピリピリと電気が走るようになってきています。

足の麻痺は時間が来れば治ると信じていますが今はまだ手術後4日が過ぎたところでそのようには思えません。

インターネットに書いてあった。大腿神経麻痺について。

神経断裂の有名な分類セダン分類の一本のニューロンに関する基本的な考え方で2番のアクソノトメーシスという神経が分断されているが神経内膜が存在するのでそこに向かって1日1mm 回復するという段階だと思われる場合大腿神経の損傷を起こすことがあり太もも前面なら大腿神経ニューロパチーが考えられる mri で検査をして損傷部を見つけるか筋電図で計測する

大腿神経麻痺は稀なことであるが手術中の長期間圧迫股関節を最大屈曲された状態でさらに回転する力も加わり鼠径靭帯で大腿神経の圧迫があった可能性も考えられる

大腿神経は第2第3第4腰神経から発生し骨盤内で腸腰筋への運動神経が分かれ鼠径靭帯を通って後大腿四頭筋へと支配する
大腿神経は大腿四頭筋のみであることから手術で起こる
回復時期は6か月とすることが多い知覚鈍麻に対しては8か月とみなされることがある

大腿神経ニューロパチー、または大腿神経障害は、神経が損傷を受けることによって、下肢の一部を動かすことができなくなったり感覚がなくなったりする疾患です。これは、怪我や長期間神経が圧迫されること、また神経損傷によって引き起こされます。ほとんどの場合、治療を行わなくても自然に治ります。症状が改善しない場合は、治療薬や理学療法を利用
大腿神経は下肢にある最も大きな神経の1つです。鼠径部のそばにあり、下肢をまっすぐに伸ばしたり、腰を動かす筋肉を制御したり、また脚や大腿前部に感覚をもたらす神経です。この神経が損傷を受けると、歩く能力に影響したり、下肢の感覚に問題が起きる原因となります。

大腿神経損傷の原因には次のものがあります。

直接的損傷神経の一部を阻害または捕捉する腫瘍長期間にわたる神経への圧迫骨盤骨折骨盤への放射線照射腹部後方にある後腹膜腔と呼ばれる空間への出血特定の外科手術に必要な処置として、大腿部の動脈に取り付けたカテーテル・・・

 

などとインターネットにありました。

明日に先生に足底装具と膝固定装具を作って早くリハビリしたいということを話してみたいと思う。

 

3月13日(術後6日め)

神経線維の再生についてインターネットで調べた。

再生軸索は受傷後3~4週で発芽し始めるが、再生軸索が申び始め損傷または縫合部を通過するまでの期間には初期の遅れ、再生軸索が終末部に達してから筋収縮を開始するまでの期間には終末あるいは最後の遅れが存在する。最初と最後の遅れを合わせて1~32 週、平均axonotmesisで13週、縫合で16週としている。以上の遅れを考慮したうえで再生軸索の伸びる早さは、だいたい1日に1~3mmであるが、末梢では少し遅くなる。臨床的には1日に1mm程度で計算して大まかな回復時期を予測することができる。
損傷された末梢神経の走行に沿って末梢から中枢に向かって指尖で叩くとき、末梢に向かって放散痛が起こることをいう。この点をTinel陽性点といい知覚神経線維の最先端が未成熟で刺激に敏感に反応するためと考えられている。時間の経過とともにTinel陽性点が末梢に移動してくれば、軸索の回復が示唆される。軸索損傷の無いNeuraplaxiaではこの徴候は出現しない。・・・とインターネットにあった。

今リハビリから帰ってきました。今日は朝から痛くて痛くてしょうがなかった膝のサポーターをつけてもらって帰ってきたら楽になりましたそれ専用の車椅子に乗り換えました。

 

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さっき、先生が病室に来て 「今回は 長くかかるけど しょうがないな」 と。寝るとき神経活動で痛くて寝れないと話すと、ビタミン たぶん メコバラミンと神経活動を感じにくくするくすり=リリカは神経活動は抑制しないそう。先生から確認したうえで、処方となった。痛みも朝まで泣いていたのに いまは 薬でなんとか自制内になっている。大部屋へ移動。とにかく焦らず今回こそは慌てずゆっくり直していこうと思った。

◆神経性疼痛のための鎮痛薬『リリカ®』とは

『リリカ®(成分名:プレガバリン)』は、おもに神経痛に対して効果のある鎮痛薬です。

痛覚(痛みの感覚)が過敏になったり、神経が損傷することにより生じるような神経の痛みには『ロキソニン®(成分名:ロキプロフェンナトリウム)』等の一般的な消炎鎮痛薬(NSAIDsなど)では効果が不十分となることがあります。

そこで、このような痛みには『リリカ®』などの神経に対して作用する鎮痛薬が効果を発揮します。
 リリカが処方されたインターネットで調べた

◆神経性疼痛のメカニズムと『リリカ®』の作用機序

神経性疼痛の多くは神経が過剰に興奮した結果、様々な神経伝達物質が過剰に放出されることによって生じるとされています。

神経の興奮が起こる因子となる一つにCa2+(カルシウムイオン)があります。Ca2+はCa2+チャネルという通り道から神経前シナプス内へ流入することにより、神経が興奮し様々な神経伝達物質が過剰に放出され、疼痛が引き起こされるのです。
『リリカ®』の主成分であるプレガバリンはCa2+チャネルのα2δサブユニットという部位に結合します。すると神経細胞でのCa2+チャネルの細胞表面での発現量やCa2+の流入が低下し、神経伝達物質の放出が抑えられます。

この結果、鎮痛作用があらわれ神経性の痛みを和らげる効果が期待できます。

またプレガバリンの鎮痛作用には中枢にある鎮痛機構の「下行性疼痛抑制(調節)系」に対しての作用も関係しているとされています。むくみで体重が増えることがあるそう。

 

3月14日(術後7日め)

夕べはよく眠れた。眠剤としてのリリカがきいたみたい。あとあさ起きたときの感じが足の神経が繋がってきている感じがする。

変な痛みはあるけどリリカなのかな。メコバラミンも朝晩でてるし、あとはとにかく落ち込まないこと、いたくてもわらっって過ごすことを心がけようとおもう。

夕方先生が来て 「ちょっとわからないからあと1週間か2週間まって、どうするか決めれるとおもうから」 と言われた。

インターネットでは

損傷神経のリハビリによる回復効果を分子レベルで解明できる可能性がある

本研究によって、TRPV2センサーが「ひっぱったり」「さすったり」などの物理的な刺激を感じて反応することで、神経の突起が伸びていくことを促す効果があることが明らかとなりました。交通事故などで激しい神経損傷を負った場合に、リハビリをして動かすと何故、運動機能が回復していくのかが分子レベルで解明できるものと期待されます。また、打撲などで傷ついた皮膚の神経の損傷部位を自然とさすってしまう行為は、神経の突起の伸びを促し、神経回路の再生も促す効果があると考えられます。

だそうです。そういえばリハさんにサスられてるとれなんかモゾモゾする感じがした。温度も刺激になるとのことで電気毛布を使って温めてマッサージを毎日していこうと思います。

 

あとから読み返してみて・・・

術後3日めから日記をつけていた。5日間の内容はほとんど痛みの訴えしかかかれていない。あと痛みのストレスで死にたいの連呼。眠れない日々が続いた。激痛で一気に白髪になった。あまりに辛くインターネットでいろいろと調べているが意味のわからない感覚や痛みについては調べられなかった。それでもピリピリとした刺激がすでに始まっている。このぴりぴり感はいまだに継続中。股関節の痛みも強くしびれと股関節のどちらがいたいかと毎回聞かれるけれど痛みの違いと痺れの違いって普通の人って理解できないんだとわかった。今起きてることを相手に伝える難しさを知った。(ジリジリじんじんとしたしびれはこのときはまだ始まっていない。今はそれを伝えるのも難しい)

この時点でもう少し痛みに対するコントロールができていたらよかったのに、痛みに対する対応が遅すぎる。

激痛に耐えながらもリハビリに専念しようと思っている内容も書かれていた。

 

ロコモコバーガー

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マクドナルドのロコモコバーガー。

息子と台風情報みながら食べてます。

なんとなく、外泊するたび太っていくような気がする。

退院したらこわいな、病院の食事は太らないように、ごはんを食べないとか体重管理をしてきたけど、家だと自分に甘えちゃいそう。

でも、おいしいもの食べてるときって幸せなんだよなぁ。☘️

台風くるのかな。今は晴れてて日が出てるけど。

そろそろ病院戻る準備します。お風呂はいって、洗濯して。

ゆっくりだからそれだけでも時間かかりそう。

 

 

 

ダスキンさんありがとう

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黒いのはカビちゃんです。ひょえー(*´・д・)

これは、専門家じゃないとできない生業です。バケツの水が真っ黒でした。

アレルギーもちの息子は、お掃除はじめてからそうそうに鼻水がでて、退散してしまいました。

 

今はなんとなく、エアコンの風に透明感がある。

あれだけ黒いのが出れば、そう感じると思う。

エアコンが19年めだということも判明。よくぞそこまで頑張ってくれた。えらい。

あと何年持ってくれるかな。

毎年お掃除しなくてもいいらしいけど、来年も真っ黒だったらこわい。

 

お掃除の合間に、保険のお姉さんがきて保険内容の確認にきたけれど、エアコンが止まっていて汗びっしょりでかわいそうなくらいでした。ごめんね。

この年齢になると新しい保険も値段が高くなってなかなか入れない。見積もり持ってきてくれたけど保険って悩んじゃうな。良くわからないし。

今後のこともあるからこれから良く考えなきゃ。

 

今から息子がマックのロコモコバーガーを買ってくるそうです。ロコモコは明日までだから、よかった食べられて(^ー^)

行ってらっっしゃーい(^_^)/~~

 

 

 

花火大会②

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ベランダから撮影した昨日の花火大会です。

近いので音がすごかった。今年は去年より時間も長く、豪華な花火だった。風もなくきれいにうち上がっていました。

今日からまた病院にもどります。

今週は退院なのでいろいろ身の回りのものをもって帰らないといけない。大きなクッションもあるし。

これからダスキンさんが来ます。初めてのクリーニング、どんだけ汚いかたのしみ。( ´∀`)

しびれがひどくてたまりません。腰も痛いし痛み止めは2種類のんでやっとおちつく。

毎日薬づけ。いやになっちゃうよ。